鋼*錬

□俄か雨
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スカキン。甘…?










突然降り出した雨に舌打ちをしながら走り出した。
折角の帽子もスーツも台無しになってしまうだなんて何とも頂けない。
手頃な屋根の設けてある商店へと逃げ込んで驟雨が止むのを待つ事にした。
地面を叩く豪雨を見つめていると、よく知る気配が横から現れた。










「―――…おや、」


ゆったりとした足音を響かせて近付いてきた人物に視線を向ける。
頭から爪先まで見事に濡れたその男に思わず驚嘆の声を上げた。
久しく見なかった姿に感慨深いものさえ感じる。
わざわざこの雨の中この屋根を選んで来た彼に微笑を湛えて口を開いた。


「お久し振りですね、スカー」
「……ああ」
「この中央には仕事で?」
「焔の錬金術師に呼ばれて来た」
「そうですか」


イシュヴァールの地から直接赴いて来たのだろう。
東の地方独特の服装の彼を見つめながら静かに相槌を打つ。
縞の入ったストールの様な布地は彼の民族のある種の象徴に近い。
この国で堂々とそれを身に着けている姿にやけに清々しさを感じた。

先程の私と同じ様に、降り止まぬ雨をじっと見つめる横顔。
真っ直ぐな緋色の双眸がこちらを見ずにいるのをいい事に、不躾に彼の姿を注視した。
剛直な顔立ちに滴る雨粒が美しい。
穴が空く程見つめていると、こちらに気付いた彼は少し眉を顰めて訝った。


「…何だ」
「ああ、いえね」
「…………」
「私に会う為に中央に来た訳じゃないと思うと、少し残念で」


冗談半分にそう言えば、途端に紅い双眸が見開かれる。
かと思えば今度は呆れた様に半眼になって私を見つめる。
そんな表情しなくてもいいじゃないですか。


「…用が済めば直ぐ帰る」
「つれない事言いますねぇ」


苦笑を口許に乗せながら肩を竦めて見せる。
半分は冗談だったが、やはり半分本音だった為少し寂寥の念もあった。
大変な仕事を彼が抱えている事は重々承知ではある。
しかし暫く会えなかった挙げ句また会えなくなるのは侘しい。


「………む、止んできましたね」


叩き付ける様な音が弱まり、辺りの雨足が大分和らんだ頃。
暗雲の合間に晴れ間が見え隠れしてきた事に内心つまらなく感じた。
これで彼は行ってしまうから。
追い掛けるのも一つの手だが、如何せん私は焔の錬金術師は好きにはなれない。
わざわざ腹の探り合いになど行く道理もないだろう。


「では、また暫くですね」
「…………」
「お勤め頑張って下さい」


とうとう顔を出した陽の光を見遣りながら些か投げやりに呟いた。
まぁ此処で偶然にもこうして会えただけでも良しとしましょう。
彼は私よりも忙しい人間だ。
剛健と歩む彼を足止めさせるのも気が引ける。

あちこちでまた賑わいの音が戻ってくる。
それを聞きながら屋根の外へと踏み出した彼の背中を見送る。
何も言わずに去って行くのが如何にも彼らしい。
だが、何処かまだ未練がましい自身が居るのが気に入らない。
あの伸ばされた銀髪を、文字通り後ろ髪を引きたいと思いながら帽子を目深に被った。


「………嘘だ」
「はい?」


唐突に、出し抜けに紡がれた言葉に咄嗟に理解出来ずに聞き返す。
思ったよりも素頓狂な声音に後悔しながらも、振り返り戻って来た彼に驚くばかりだった。

先程とは全く違う大股で素早い歩調。
いきなり目の前までやって来られ大いに凝然としていると、背中を力強く引かれた。
前のめりになる身体を支えられるのを感じながら、真っ直ぐに見つめてくる真紅の瞳に目が逸らせなかった。


「…………」
「……一日もすれば此処での用は片付く。それから訪れても良いか」


数秒間のキスの後、真摯な表情でそう問訊される。
思わず何と返したら良いか判断さえも出来ず、一つこくりと頷いて見せた。
未だ腕に閉じ込めたまま離さない男を茫然と見つめる。
そうか、と一言呟いて薄く微笑んだ彼に不覚にも心臓が跳躍した。


「…では、暫く」
「………行ってらっしゃい」


再び歩き出し去って行く様を見送る。
今度は振り返らないその背中に未練など微塵も感じなくて。
自分でも意外にも単純な思考回路を持っていた事に少し驚き、少し自己嫌悪を抱いた。

未だ顔が僅かに熱い。






























俄か雨






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