鋼*錬

□新しい同居人
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キンブリー+?。










不意に視線を窓辺に向けると、それは居た。
艶やかな露草色の瞳でじっとこちらを見つめる彼女。
その視線が日常化し、それに充実感を覚え始めたのはつい最近の事だった。










「―――…また貴女ですか」


テーブルに着きコーヒーの香りを楽しんでいた時の事。
いつもの様に感じた視線に窓際を見遣ると小さな影がこちらを見ていた。
白い毛並みのスラリとした、美しいフォルム。
ゆらゆらと優雅に弧を描く、細い長尾に鮮やかな蒼の双眸。


「貴女も物好きですねぇ、こんな所へ毎日訪れるなんて」


言うのが早いか、窓の縁から軽やかに下りこちらへ近付いて来る白い猫。
いつもの事な為直ぐに意識を広げた新聞紙に移す。
テーブルの隅へ飛び乗り腰を下ろした彼女は、まるで挨拶をする様に一つ小さく鳴いた。


気が付いた頃にはいつもこの白猫は窓辺に居た。
最初の内は近所に住み着いた野良猫、という認識しかしていなかった。
だからその野良猫が毎回こちらを見つめていると判明したのは随分と経った後だった。
特に決まった時ではなく、ふと意識を向けた時には必ずこちらを見ている。

初めは気の所為だと思っていた。
第一動物に然したる興味も無いし、こちらに不利益も何も生じないのだから放っておいた。
しかし、一週間が過ぎた、それくらいの頃だったと思う。
いつの間にか現状の様に顔見知りにまでなってしまったのは。
今となっては曖昧だが、冗談無く気が付いたらこうなっていたと言うしかない。


「飽きないんですか、毎日毎日」


新聞を読んでいてもコーヒーを飲んでいてもじいっと真っ直ぐ見つめられ続ける。
まるで監視されている様な奇妙な心地である私の身にもなって頂きたい。
そう力無く訴えるが、返ってきたのは玲瓏な鳴き声だけ。
肯定とも否定とも捉えれないそれに少し溜息が漏れた。




















「…ああ、また居た」


次の日、夕方。
少し朱に染まる部屋へと帰宅すると、やはり窓の外に見覚えのあるシルエットが居た。


「仕事から帰って来るのを待っていたんですか」


律儀な野良猫だ、と独り言ちながら窓を開けてやっている私も大概なのだろう。
開けてやっても私が背を向けてその場から離れないと中へ入って来ない辺りが礼儀の良い猫だ。
野良猫の割に合わない不思議な猫である。

いつもの様にテーブルの上に座り、帽子やらコートやらを脱ぐ私を見つめる。
そんな変わった白猫を傍目に帰りに買ってきた包みを開いた。
一応自炊は一通り出来る為食料の買い出しはいつもの事だ。
諸々を貯蔵庫へ仕舞いながら、ふと思い付いて食器棚へと手を伸ばした。


「……どうぞ、」


普段滅多に買わない牛乳を皿に移してテーブルに置く。
ちらりとこちらを見た後、青い瞳を細めながらそれを飲み始めた猫を椅子に座ってまじまじと見た。
遂に餌付けまでし出した自身に自嘲しか浮かばない。
その牛乳を飲む様さえ上品な野良猫に嘆息を吐く。


「どうして貴女みたいな美人が、私の所へやって来るんでしょうねぇ…」


こんな毛色の良い猫など、引き取り手数多であろうに。
わざわざ爆弾狂と呼ばれる人間に寄り付く理由が分からない。
というかそもそも本当に野良猫なのだろうか。
白い毛並みが所々汚れているだけで、実際には飼い主が居そうな気がする。


「…全く以て、謎です」


彼女の事も自身の行動も。
何度目かの溜息を付きながら目の前の白猫を見つめる。
舌舐めずりをしながらまた青藍の双眸をこちらに向けてくる。
にゃあ、と一声鳴く彼女に、無意識に口端が綻んでいた。






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