鋼*錬

□新しい同居人
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そしてその翌日。
真夜中の月の高い時刻。
既に次の日を過ぎている為、正確には翌々日に帰宅。

後ろ手に玄関のドアを閉めながら部屋に入った。
昔から夜目が効く事も手伝い明かりも点けずにコート類を脱ぐ。
帽子も手袋も、ネクタイさえ取り払って残業で憔悴したままテーブルに投げ出した。
実に普段の私らしくない行動。

深く息を付きながら漸く電灯を点けた。
早々に一服したいと思いキッチンに赴きケトルに火を掛ける。
湯が沸くまでやる事のなかった処で、私はいつもの窓を見遣った。


―――…みゃお


カーテンや窓飾りといった装飾品の全く無い窓。
加えて深夜の闇の中からならあの白い影はよく目立つ。
ああまた来たのかと、そう独り言ちて直ぐに振り返った。
自ら振り向いた窓辺には、やはりあの青い視線が私を見ていた。

いつも通り見つめ返してくる白猫に思わず溜息が漏れる。
そして次の瞬間にはその溜息を付いた自身に対し呆れの溜息を吐いていた。
何をしているのだろうか。
たかが猫如きで一喜一憂するなど。


「…本当に、律儀な野良猫ですね」


そう言ってまた窓を開けて彼女を招き入れる。
小さく一鳴きしてからまたテーブルに向かう白猫の為に帽子等を撤去した。
そして昨日買ってきたばかりの牛乳をまた出してやる。
行儀良く座る彼女にそれを差し出した処で、ケトルも水蒸気を噴き出し始めた。


「……少しだけ話を聞いて頂けますか」


コーヒーを注いで皿の中身に夢中になっている猫の前に腰を下ろす。
野良猫に話し掛け出すなど本当にもう末期だと思う。
だが人として異端思考のある自身が今更何を言うのかと少し開き直る。
頬杖を付いて見つめていると、不意に顔を上げた青蒼と目が合った。


「今日は北の将軍が中央の方にいらっしゃってましてね。運悪く目を付けられて慣れない残業をしてきましたよ」
「みゃあ」


人間の取るに足らない話にまるで相槌を入れる様に白猫が鳴く。


「全く人使いの荒い方です、あの女将軍は。しかし、同時に良い情報も得られまして」
「みゃあ」
「イシュヴァール復興の率先者が、中央に仕事で訪れるらしいんです」
「みゃーお」
「それがまた、嬉しくて」


先程まで皿に注がれた牛乳に夢中だった筈の白猫。
彼女がそれに脇目も振らずにこちらを見つめている様につい自惚れたくなる。
苦笑しながら漏らした言葉に緩く尻尾を揺らす野良猫に、更に口許が歪んだ。
本当に面白い猫だ。


「すみません、つまらない話をして」
「にゃあ」
「貴女みたいな話し相手は初めてでしたので」


饒舌になる理由は彼女にある筈だ、と言いつつそんな言い訳に逃げる自身に自嘲する。
それでも満更でもない心地がするのだから余計に頂けない。
未だこちらを真っ直ぐに注視する白猫。
そんな彼女を見つめ返しながら、自然な態で思わず呟いてしまった。


「…私の飼い猫になる気はありませんか?」


途端にぴこん、と跳ねる白い耳。
腰を上げこちらへ近付いて来たかと思えば、甘える様に擦り寄ってくる。
まるで私のこの言葉を待っていたかの様に。

喉を鳴らしながら手に頭を押し付けるので少し困惑しつつも撫でてやる。
若干汚れてはいるが見た目に反せず柔らかな白毛に満足した。
名前を考えなければ、と暢気な事を考える私を、私を知る軍の人間はどう思うだろうか。
そんなどうでもよさ気な事を思いながら、新しい同居人を何時までも撫で続けていた。






























新しい同居人
(名前は何にしましょうか)
(みゃあ)
(貴女は女性ですので、素敵な名前が良いですね)
(にゃあ)







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