鋼*錬

□夢現にて
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スカキン。甘…?










夢は記憶を整理する為の心的現象だという。
ならば私が見るこの悪夢は私の経験の整理なのだろう。
あれだけ散々人を殺めてきたのだ。
いつか思い出す時は来るものだと思っていた。















「―――……、リー…」


何か――誰かの声が聞こえる。
誰だ。
私の眼前に居る内の誰かなのか。
私の喉に手を掛けている内の誰かなのか。
低く響く声が聞こえる。

見渡す限り血みどろの人、人、人。
その大半が私の首目掛けて手を伸ばし、そして掴んでいる。
これは夢だ。
何故なら目の前に居るのは、皆かつて私が殺した人間ばかり。
夢は記憶を整理する為の心的現象である。
いわば記憶から成る無意識的な妄想の産物なのだ。
だから放っておけば何時かは醒めるだろう。


「―――…キンブリー!」


息が段々と苦しくなっていく。
そうか、脳が勝手に視神経の誤信から肺から取り込む酸素の量を減らしているのか。
全く傍迷惑な生理作用だ。
意識では夢だととっくに認識しているというのに。
口を開けても呼吸が出来ない。

いっそ藻掻いてしまおうかと思った処で誰かに名前を呼ばれた。
先程から聞こえていた声の主が私を呼ぶ。
それと同時に両肩を揺さ振られる心地がしてやっと目を醒ました。
現実へと意識を覚醒させ本当の視覚の中に映る眼前の人物に焦点を絞る。


「………スカー…」
「大丈夫か」


魘されていたぞ、と。
そう言いながら彼は――スカーは、私の額に浮かんだ汗を拭った。
汗だくになるまで私はあの悪夢に苛まれていたらしい。
心奥ではかなりのプレッシャーを感じていたのだと如実に知れる。

ずっと呼んでいてくれたのだろう。
神妙な顔付きでこちらを覗き込む彼に、力無くだが微笑んで見せる。
大丈夫だ、と言いながら静かに深呼吸をすれば背中に大きな掌が宛てがわれた。
不本意ながら心臓が激しく鼓動している。


亡者が夢に出てきたのはこれが初めてではなかった。
今まで淡々と目の前で散り逝く人間の顔を見てきた。
意識して思い出そうと思う事はなかったが、その分その時は必ず来ると思っていた。
何処かで記憶の整頓は必要だ。
望もうが望まむまいがしなければならない事である。
私は私なりにきちんと覚悟していたつもりだったし、覚悟を持って見てきたつもりだったのだが。
こうして取り乱してしまっているという事はそうではなかったという事なのだろう。

ただ単に、首を絞められたくらいで。
死と隣り合わせの生き方をしてきた自分にとって茶飯事である行為だった筈。
殺し憎まれる事が生きる事だと理解していた筈だった。
なのに何を恐れる事があるだろうか。
あれよりももっと酷い有様を目にした事も少なくないというのに。


「何か必要なものはあるか。取って来てやる」
「……必要なもの…」


呼吸が落ち着き始めた頃、スカーが静かに私に問う。
ベッドの縁に座りながらこちらを見つめる紅い瞳。
彼と同じ緋色が、先の夢で私の首を掴んでいた者が何人居ただろうか。
そんな事を自嘲気味に考えていると鈍い頭痛が広がった。


「……キンブリー…?」
「もし…私に求めるものがあるとすれば」
「…………」
「人間らしさ、ですかね」


息を呑む音が聞こえる。
驚いている様な雰囲気が感じ取れる。
そんなスカーの心中を余所に私は言葉を続けた。


「誰かに縋る心があれば」

「もし、思い切り泣ける様な縋り付けるものがあれば」

「私は、夢を見ずに済んだのでしょうか」


勿論、そんな事は有り得ないのだけれど。
それでも、そんな風に弱音を吐いてしまったのは。
自尊心に逆らった言葉を宣ってしまったのは。


「―――…やっぱり忘れて下さい」


自嘲を浮かべながら撤回する。
駄目だ、今の私はどうかしているのだろう。
彼とまともに話が出来る状態でもないらしい。
掌を掲げて制止しながら少しだけ俯く。
今は、独りにして欲しい、と。
そう断りを入れようとしていたその時だった。


「―――!」


突然、視界が反転して目を見開く。
前のめりになったかと思えば柔らかい布地と自身の顔が触れた。
スカーに、彼の腕に閉じ込められているのだと。
そう咄嗟に気が付くには私の思考力はきちんと覚醒はしていなかった。


「求めるも何も、貴様は人間だろう」


抱き締められたまま、スカーが耳元で囁く様に口を開く。


「縋る心も、人間であるのだから持っていて当たり前だ」

「縋り付けるものが欲しいなら、己れが成ってやる」

「何でも一人で抱え込むな。夢を見たくないのなら己れを頼れば良い」


ゆるり、と。
優しい手付きで背中を撫ぜられる。
まるで幼い子供をあやすかの様な。
安心するよう暗に告げられる所作に不思議と嫌悪は抱かなかった。


「側に居てやる」


静かに、呟く様に、そして力強く、言い聞かせる様に。
互いの鼓動を感じ取れる程至近距離で言葉を紡ぐスカー。
その温もりに自然と視界が霞んでいくのが分かった。

人に弱みを見せるつもりは毛頭なかった。
そんな事をわざわざしたいとは思わなかった。
その様に生きると決めたのは自身だった筈なのに。
矜恃を棄ててまで縋る事など死んでもするつもりはなかったというのに。

スカーの背に手を伸ばす。
彼の着ている衣服を掴んだ瞬間、頬に何かが伝っていくのを感じた。
もう流す事など出来ないと思っていた。
涸れた筈の涙は、優し過ぎる彼の肩口をじわじわと濡らしていった。






























夢現にて
(現に苛まれ夢に魘される)
(それは私にとって生きる事同然だった)







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