婆沙羅3

□A little courage
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一枚、また一枚と舞っていく桜の花弁。
しかし今はその美しい景色に目を向けていられる余裕はない。
この人は、某を花より団子の様だ、と言っていたが。
まさしくその通りだと思う。


「…政宗殿? 如何なされた?」


奥州からはるばる甲斐の地まで使者として参った政宗殿に、花見をしないかと誘いがあったのが数刻前の事。
お館様への言伝も伝え終え、よもや後は帰路を辿るのみとなった彼の人からの突然の申し出であった。
これを好機と踏み某の見つけた穴場へと案内をする。
すると、普段は炯々とした隻眼を穏和な色合いを湛えて細める政宗殿。

その淡い微笑を浮かべた顔に、不躾ながらも深く見取れてしまった。
これ程までに孤高で美しい人を、某は見た事がなかった。

随分前から抱いているこの想い。
この片想いにこの人は気付いておいでなのだろうか。
何分自分の事で精一杯で、政宗殿の顔色を窺う事すらままならないのだ。
先はうっかり大好物である団子を目の前で食べてしまった。
そして今はこうして何か思い悩み始めた様子の彼の人に慌てて声を掛ける始末。


「気分が優れませぬか?」
「No.そんなんじゃねーよ。ただ…」
「ただ…どうなされた?」
「……いや、何でもねぇ」


口を開き言い掛けた言葉を飲み込んで、目の前の人は再び微笑を零す。
その表情はひたすらに自嘲と苦笑が入り混じって切なさを生み出していて。
何処か哀しげなその瞳に、どうしようもない愛しさともどかしさを感じた。


「…政宗殿、」


桜を見上げ某が用意させた茶に口付ける政宗殿に声を掛ける。
帰路の事も考慮して般若湯よりも茶が相応しいだろうと思ったそれは彼の人の口に合ったようで安堵する。
憂えた表情を既に跡形もなく隠されたこの御人を真っ直ぐと見つめた。
合わせられた視線から、切れ長の瞳が怪訝に細められたのが分かった。

今言わずに何時この想いを伝えられようか。
きっとこの機を逃せば某は後悔の念を胸に残す。
また何時この方に会えるやも分からない。
ならば、いっそ、玉砕の覚悟で───…。


「What's the matter? 幸村、」


話し掛けておきながら一向に口を開かない某に呆れてか、政宗殿は漸うと問い返す。
その苦笑、というより何処か喜々としながら唇を綻ばせるその様に、某は再び心を奪われた。

嗚呼、何と愛しき方なのだろうか。
この御人よりも美しいものを、某は今までに見た事がない。

高鳴る胸の鼓動を振り切って、真摯に政宗殿の隻眼を見つめる。
少し声音が上ずりそうになりながらも、しかと、この心内を打ち明けた。
この後で起こる転回を、この時全く予想だにしないまま。


「某は──…!」















A little courage
(真田幸村よ、勇気を振り絞るのだ!)





100524.
 

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