婆沙羅3

□It was too late for regrets
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後悔した時にはいつも遅かった。
今回だってそうだ。
一体ワシは、どうしたら良かったのだろうか。















―――…なんてな。

そうやって誰かに問うてみた処で、現状は変わりゃしないというのに。
戦国の世は終わった。
ワシが勝った。
天下太平の世が始まろうとしている中、一つだけ時が何処にも傾かない所がある。
アイツが今、此処に居る事だ。


「―――…三成、」


牢の中で罪人の白装束を纏い、手枷を嵌めた銀の髪に声を掛ける。
もうコイツを此処に入れてから暫く経つ。
それに比例して元々白かった肌は蒼白になり、細い体躯もいよいよ棒切れの様になってしまった。
食事も毎度与えているが、兵の話を聞く処によるとそれも全く手を付けていないらしい。
日に日に弱り続ける三成の鶯色の瞳が、やっとワシの声に気付いたのかこちらを見遣った。

近くに立っていた兵に三成の牢の中に入りたいと伝えた。
途端に咎められたが気にしなかった。
格子戸を開けてもらい中へ入り、唯一設けられた小さな窓の前に座る三成の側へと歩く。
三歩程歩いた処で、三成の双眸が鋭くなるのが直ぐに分かった。


「―――来るな」


喉を潰した様な掠れた声音。
恐らくもう何日も水を飲んでいなければ声も発していないからであろう。


「…私に、近付くな」


威嚇するかの様にワシを睨め付ける。
しかしワシは足を止める事はしなかった。
その目の色は、あの日三成がワシに向けたものと同じだった。
憎悪、拒絶、絶望。
皆ワシが三成に与えてしまったものだ。
アイツの大事なモンを、ワシが全部奪ってしまったから。

三成の言葉にも構う事なく近付いた。
目の前まで歩き、跪き、視線を合わせて。
思わず頬に触れようとした手を払われた。
更にきつく睨む三成に、ワシは宙に浮いた手を下ろした。


「…私は貴様を許さない」


三成が口を開く。


「私から全てを奪った貴様を、私は決して許さない」
「三成…」
「何故だ、家康。何故私でなければいけなかったのだ」


僅かに眉が下がったのがじっと見つめていたが為に即座に分かった。
今度は憎悪だけでなく、哀しみの滲む瞳を向けられた。

皆まで言わずとも分かっていた。
三成の言いたい事は全て。
きっと秀吉公を、ワシが手に掛けた時の事を言っているんだろう。
懇ろ敬愛していた主を殺されて、打ちひしがれない奴なんてこの世にはそうはいねぇ。
少なくとも三成は違う。

だが、三成。
それでもお前自身も分かっているんだろう。
それをワシに問うた処で、ワシが何も答えない事くらい。


「―――…家康、」


天下太平、そんなもの本当はただの言い訳に過ぎんのかもしれん。
ワシが見据えていたもの、それは本当はもっと違うモンだった。


「もう私を、殺してくれ」


視線を逸らし、俯いたまま呟いた三成を凝視する。
とても憔悴した声だった。
今まで押さえ込んでいたものを、まるでゆっくりと吐き出すかの様に。


「秀吉様の元へ。半兵衛様や、刑部の元へ……もう私を逝かせてくれ」


せめて一人の武将として潔く、と紡がれたその語尾は震えていて。
決してワシを見てはくれない三成を、ワシは思い切り掻き抱いた。
脆弱した痩躯は抗う事も出来ず背骨をしならせる。
苦しげな呻き声と共に再び殺せ、と懇願され、堪らずに今まで抑えていた涙がワシの頬を伝った。

そう、後悔した時にはいつも遅かったのだ。
信長公に欺かれた時も、
忠勝を喪いかけた時も、
明智に討たれた時も、
秀吉公を、屠った時も。
無鉄砲で周りも未来も真っ直ぐにしか見えていないワシは、その度に何かを喪った。

―――そして、今回も。


「三成……すまん、三成…」
「…い、えや…す……」
「ずっと好きだった。お前の事が、」


愛おしい、ずぅっと手に入れたいと願い続けてきた存在。
だがコイツはワシではなく主を、自らの死を選んだ。
決してワシを許せとは言わない。
その願いが間違いだとも思いはせん。
仕方の無い事、なのに。
こうも涙が止まらないのは何故なんだろうか。


「家康……?」


泣いているのか、と問うてくる声色は酷く優しく聞こえて。
それが耳に届いた瞬間、また強く腕に力を込めた。

ああ、これはきっと罰なんだと。
足りない頭でそう悟った時には、やはり時は経ち過ぎていた。






























It was too late for regrets
(お前を手に入れる為に秀吉公を殺したのだと。)
(そう言った後お前が壊れてしまいそうで、ワシはお前に本当の事を伝える事が出来なかった。)







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