婆沙羅3

□愛でるはそのうぐいすの瞳
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昔からその色は我を捉えると柔らかく輝いた。
その優しげな瞳を、我はずっと慕っていた。















森に散策に出ないかと言われた。

一体どのような状況からそのような誘いが紡がれたかは定かではない。
しかし、今こうして苔むした木々の合間を友と進んでいる我はそれなりに機嫌も体調も良いのであろう。
実際、粛然とした深緑の中を進んで行くのは酷く心地が好い。


「…良い場所を見つけたのだ」


そう言うて三成は輿に乗った我に振り向き、自身の隣に我が追いつくのを待つ。
鈍重に移動する我を、三成は一言も文句を言わずにこうして少し歩いてはまた立ち止まる。
昔から変わる事のないこの男の心遣いに、我は何度も救われてきた。
病躯を持つ我を唯一恐れる事もせずに、自ら我に近付いてきた唯一無二の友に。
そんな友に対し友情という念以外の感情を抱き始めたのは果たして何時からだったか。
体に巣喰う病が進むに連れて、その想いをも肥大していると気が付いたのは何時の頃だったか。
再びこちらへと振り返った三成を見、幾分前の事であろうそれに思考を巡らすのを止めた。


「―――刑部、」


あれを、と言うて瑞々しい草木の先を見るよう促す。
ゆっくりと三成の隣に辿れば、思わず目の前に広がった光と景色に目を細めた。


「見事だろう。先日、この辺りを通った際に見つけたのだ」
「ほう」
「季節が季節故に少し辛いやもしれないが、ここら一帯は日が木々に陰って涼みには最適だ」


木々の茂る中唯一陽の光を浴びる池――否、沼か。
そちらに歩を進める三成に相槌を打つ。
淡紅色に白、或いは薄橙と、色鮮やかに緑を飾る蓮の花。
濁った泥沼の中で咲き狂うその様に、ある筈のなかった花を愛でる情が浮かんできた。

ぼう、とその沼を眺めていると、不意に横から視線を感じて隣に居た三成を見遣る。
じっと見つめてくるその萌葱色の双眸にどうした、と聞けば、三成は薄く笑みを浮かべてこう言うた。


「気に入ったか? この場所が」
「…………」
「誰よりも先ず、お前に…お前だけに、この光景を見て欲しかったのだ」


その銀髪の奥の瞳は、普段の鋭利で冷淡な色を全く含んではおらなんだ。
僅かに細められたそれは、酷く柔らかで温かなもの。
小さく浮かんだ微笑でさえも、遠い昔に見たものと何ら変わりのないものだった。

嗚呼、もっと笑めば良かろうに、と。
この友人がまだ幼かった頃を思い出し、ふとその様な事を思うた。
まだ秀吉公や竹中公が生きていた頃の三成の笑み。
それは恐らく、徳川家康を討った後でないと到底叶わぬ事であろうが。

だが、もう笑む事の少なくなった彼が、こうして自分の前でだけその表情を見せているという事実は嬉しかった。
今こうして我だけにこの沼を見せたかったと言うてくれる事が。

我を真っ直ぐに見てくれる三成の存在が、我は嬉しかったのだ。


「…あな、美しや」


思わず我から目を逸らした。
再び蓮の花を見つめながら零れた言葉に我自身も戸惑うた。
今の愛でる為の言葉は、決して蓮に向けたものではないが故に。


「それは良かった」


隣で嬉々に目を細める三成。
その様を横目で見遣りつつも、この閑まった空気に身を預ける事にした。
日の当たらぬ木陰の涼しさが、包帯を厚く巻いた我の膚へも容易に届いた。






























愛でるはそのうぐいすの瞳
(如何に色鮮やかな華であろうとも、)
(その萌葱色の美しさの前には、色褪せるも仕方無き事よ)







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