婆沙羅3

□泥土と蓮の花
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何故そう感じたのかは我にも分からぬ。
だが、これはまるでぬしと我の様だ、と。
随分陳腐な喩えが脳裏を過ぎったものだ。















「―――三成、」


決して良いとは言えぬ、寧ろ悪い予感の様なものがして沼へと歩を進めた友の名を呼ぶ。
それでも呼び止めた声が小さかったか、それとも夢中になっているのであろうか、三成は全く返事を返さなんだ。


「三成」


もう一遍、先程よりも強き声で呼ぶ。
やっと我の声に気が付いたらしい三成は、振り返り怪訝そうにこちらを見遣った。


「…どうしたのだ、刑部」
「それは我の台詞であろうて。何を、しておる」


ゆっくりと輿を進ませれば、漸く沼に足を浸けていた三成も草地へと上がって来る。
突然何を思うたか、沼へと入り始めた友にらしくもなく驚いた。
岸辺に上がったその膝甲も、大腿部より下が泥水で既に汚れていた。


「随分と童の様な真似を…」
「ああ…ただな、花を摘んで帰ろうと思ってな」
「主にか」
「いや、お前にだ」


その言葉に再び驚いて目を僅かばかり見開く。
特にその様な事を頼んだ覚えなど無いが。
平然として我を注視する三成の内心が計り知れん。


「何故我になのか」
「秀吉様に差し上げるには此処は幾分遠い。墓前に供える前に枯れてしまうだろう」


ならば、尚更。
何故我になのか、と問えば、再び零れる微笑の色合い。
振り向いて美しき沼を見つめながら、三成は静かに答えた。


「お前の部屋にこれを飾っておけば、お前はまた此処へ来たくなるやもしれない」
「…………」
「だから摘んで帰るのだ」
「…そのような芸当をせずとも、また此処へ来れば良かろ」


誰ももう二度と来ぬとは言うておらんと言えば、またじっと目の前の萌葱に見つめられる。
驚愕している様子のその双眸に不審がり、問い掛ける。


「…どうした」
「……いや、」


何でも無い、と呟いた三成は何処か嬉しげであった。
突然機嫌の良くなった友に訝しんだが、不機嫌でおられるよりかは幾らかましであろうと深くは考えなんだ。

三度訪れる静寂に、我の眼前に佇む三成が小さく何かを肯定する。
そうだな、と確かにそう言うと、今度ははっきりと、それでいて穏和な声色で友は我に言うた。


「―――この戦いが終わったら、また二人で此処に来よう」


ざわ、と。
突然吹いた風と共に、三成の提案は辺り一面に散っていった。
だがその突風の所為で聞き取れなんだ訳でもなく、一字一句全て聞き入れた我の耳を疑った。
この男は、この復讐劇の幕を下ろした後も、我を側に置いておくつもりか。
我はまだ、その時にはぬしの隣に居ても良いのか。


「……ああ、」


肯定とも、感嘆とも取れる返事。
その答えに満足したのであろうか、三成は名残惜しげに蓮の花を見た後館に戻ろうとだけ言った。

次この幻想の様な光景を拝むのは何時になるだろうか。
一月以内か、来年の夏か、或いはもっと先の事になるのだろうか。
二度と来る事も叶わぬやもしれぬ。
それでも、今回此処へ訪れて幸であった、と。
もう一度この景色を見たいと思う我が確かに居た。


「―――刑部、」


ゆるりと振り向けば、また我がその隣へ来るのを待つ三成の姿があった。
帰るのであろう、そう思うて輿を旋回させそちらへと向けば、我に手を伸ばす友の姿があった。

ああそういえば先の誘いも手を伸ばされた事が始まりであった、と。
森へ散策にと言われた時の友を思い出し包帯で巻かれた口許を僅かにだが持ち上げた。

微笑む三成に、先程まで眺めていた蓮が重なる。
濁った泥沼とそこに咲き狂う蓮の花は、まるでぬしと我の様だと思うた。






























泥土と蓮花
(利用価値の無い泥に根を下ろし咲き誇る蓮は、)
(まるで我に手を差し出したぬしの様であった。)







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