婆沙羅3

□驟雨の一時
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突然降った白雨の雨音に耳を澄ましていた処だった。
土や池、或いは紫陽花の葉に叩き付ける様に降る大粒の雨をぼう、と見ていると、廊下の角から馴染みのある気配が現れる。
自分の名前を嬉々として呼び近付いて来るその男へと視線をやる。
その刹那、三成は黄色の衣を纏う男を見遣った事に後悔した。


「三成、」


自分へと顔を向けた三成に気付き、家康は嬉しそうに口許を綻ばせる。
その様子とは裏腹に、銀髪の男はげんなりと溜息を吐いた。
否、寧ろそれは呆れからの溜息だったと言っても過言ではない。
すっかり夕立によって頭から爪先までを雨で濡らした家康に、三成は詰問する気も起こらず独り言ちる様に呟いた。


「貴様は傘というものを持っていないのか…」
「ああ、此処に来る途中で降られてな。急いで走って来たがすっかり濡れてしまった」
「それ以上動くな、床が濡れる。手拭いと着替えを持って来るからそこで待っていろ」


さっと立ち上がって背を向ける三成に、家康は笑顔で礼を言う。
これ以上濡れ狸をうろちょろさせておけん、と憎まれ口を叩く三成に、家康は苦笑しながらその場に腰を下ろして未だ激しく降る白雨を見つめた。















「はっくしょい!」


再び縁側に座り淹れ直した茶を啜っていると、一室で体の水滴を拭い着替えを終えようとしていた家康から間抜けた噴出音が漏れた。
続いて鼻を啜る音と共に茶色の癖毛を手拭いで掻き撫ぜながら縁側にやって来た彼に、三成は静かに毒突いた。


「…何とかは風邪を引かんというのは嘘だったのだな」
「いや、多分冷えただけだと思うぞ」
「だったら囲炉裏にでも当たって来い。いくら馬鹿でも風邪を引かないという確信はないからな」


中庭を見つめたまま淡々と言う三成。
姿勢良く正座をし湯呑みを両手に持つその背中を見つめる。
自分よりも一回り程細い後ろ姿に、吸い寄せられるかの様に家康は近付く。
両腕を肩から回し背後から抱き締めると、三成は驚いた様に触れた両肩が小さく跳躍した。


「温かいな、三成」
「貴様…何のつもりだ」
「寒い。三成、温めてくれ」
「だから囲炉裏に当たって来いと…」
「ワシはお前と一緒に居たい」
「…………」
「だから、お前の元へこうして足を運んで来たんじゃないか」


膝立ちで三成を抱き絞めていた家康が後ろへと体重を掛けると、逞しい腕に捕われていた三成は正座をしていた足を崩さざるをえなくなった。
手の中にある湯呑みの中身を零さない様にするがあまりに、そのまま背後の男の胸に凭れ掛かる。
途端に三成は暴れ出すが、自分よりも体格の良い男に敵う訳もなく直ぐに溜息と共に諦観の白旗を振った。


「…三成、何だか体温が上がってきてないか?」
「……うるさい」
「どうした? まさかお前の方が風邪引いたんじゃないだろうな?」
「黙れ」


ほんのりと銀髪から覗く耳や項が紅く色付いている事に、家康はきちんと気が付いていた。
しかしこれ以上故意に茶化せば三成が憤慨するのは火を見るより明らかな事。
彼が抱きくすめた三成に何か言う事はそれ以上無かった。

回した腕に加わる力を強くする。
更に密着する互いの温もりが心地好い。
家康が三成の肩口に顎を乗せても彼はもう何も言わなかった。

夕立は既に過ぎ去っていた。
































驟雨の一時
(なぁ、三成)
(…………)
(好きだぞ、三成)
(…っ……!)







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