婆沙羅3

□大谷さんの奇妙な日常
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「―――ぎょうぶ、」


自室から出たと同時に、足元――自分は輿に乗っている為、実際にはもっと下なのだが――から声が聞こえた。
聞き慣れた、だが少し声音が高く舌足らずなその声に、吉継は誰なのか悟りつつも輿から身を乗り出して床を覗き込んだ。
案の定そこには彼の友とも言うべき人物が居て、その細い首を精一杯曲げて吉継を見上げていた。


「茶でものまないか」















こんなにも奇妙な事があるだろうかと吉継が頭を抱えたのはもう三日程前の事だ。
どういった経緯なのかは定かではないが、彼の友・三成が突如子供の容姿になってしまったのだ。

三日前の朝気が付いたら童子の姿になっていたと三成は言った。
だがその朝吉継にそう伝えた時には既に三成は落ち着き払っていた。
普段の彼ならば怒りにそれこそ瞳の色を変えていただろう。
なのに、吉継の憶測とは反してそのような事は決して無かった。

今ではすっかりその小さな体躯にも慣れ、至って平然と生活を送っている。
その友の様子に吉継が一番頭を悩ませていた。
一向に元の三成の姿に戻る兆しを見せないその容姿が段々と心配になってきていたのだ。


「ぎょうぶ」


当の本人は全く気にしていない為、その頭痛の種も増大するのだが。


「…どうした、三成」
「茶のおかわりはいいのか」
「…ああ、構わぬ」
「そうか」


正直、童子の姿になったからといってこれとして変わった事も少ない。
中身は依然として三成そのものなのだ。
せっせと働き手を動かす処も三日前と変わらない。
今の処は。


「三成、」
「なんだ」
「もう一日二日したら徳川と雑賀が此処へ来るそうだが」
「そうか」
「ぬしはどうするのだ」
「どうするも何も、あいてをするしかないのだろう。まったく、またさわがしくなるのか…」


子供が年季の入った湯呑みを持って憂いの溜息を吐くその様は圧巻の一言に尽きる。
吉継は平然を装いながら三成のその言葉を聞き流していた。
未だ友が童になった事に違和感を感じるが故に、だ。

この調子で徳川家康や雑賀孫市が訪れたらどうなるのだろうか。
吉継はまた頭が痛くなる思いだった。

再び吉継が湯呑みの中の温くなった茶に口を付けると、突然三成が立ち上がって何処かへ行ってしまった。
余程急いでいるのか単に子供になった事で歩の律動が合わないのか、ぱたぱたと小走りで走って行くその様は何処までも童子だった。

吉継か茶をもう一啜りしていた処で三成が帰って来る。
手には厚く重なった紙で出来た本が抱えられていて、子供の腕には少し重そうに見えた。
一体どうするつもりなのかと見守っていると、三成は吉継の前でぴたりと止まって彼を見上げた。


「…どうした、三成」
「ぎょうぶ、少しのあいだひざを貸してくれ」
「何?」


再度吉継が問えば思いもしなかった言葉が三成から返される。
それに吉継が充分に驚く暇もない内に、小さな友人は彼の胡座をかいた足の間に身体をすっぽりと収めた。
急に受けた腹部と足への衝撃に身体を硬直させていると、三成は吉継へと背中を預けてそのまま持っていた本を開いた。


「……ぬしは何がしたいのだ…」
「本が読みたい」
「それは見れば分かる。だが何故我の膝の上なのか」


童が親に甘えるのとは違うのだぞ、と吉継が呆れ半分に呟けば、三成が振り向いて彼を見上げる。
その鶯色の大きな瞳は何故かムッとしており、吉継を睨め付けて更に彼を困惑させた。
明らかに機嫌を損ねた様子である。

しかし一向に吉継の膝の上から退く気配のない三成を見て、彼の友である吉継は諦める事を余儀なくされた。
きっと子供の姿になった事によって人恋しくなったのだろうと結論付けて。

読書に専念し始めた三成の後ろ姿を見下ろしながら吉継は小さく溜息を吐いた。
友が童の姿になり三日目にして行動に変化が出て来た事に、少なからず不安に感じているが故にだった。






























大谷さんの奇妙な日常
(最早日常化し始めた事が一番奇っ怪だ)






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