婆沙羅3

□大谷さんの奇妙な日常弐
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「今日もよい天気だな、ぎょうぶ」
「…ああ」
「足はしびれていないか、ぎょうぶ」
「…いや、大事ない」
「そうか」


先日よろしく今日もまた吉継の胡座の上で書を読む三成。
すっかり彼の膝の上が気に入ったらしく、力無く返事を返す吉継から身を退く気配は一切ない。
縁側の向こうの空と庭を何となく見つめていた吉継は視線を下ろして小さな頭が一心に注視している字の羅列を目でおった。

小難しい本をこの見た目は童同然である友が読んでいる事に、一体何度違和感を覚えた事であろうか。
そんな事を胸中で独り言ちながら、吉継は黙って紙をめくる音を聞いていた。


「―――刑部!」


暫くすると吉継の背に若い男の呼び声が掛かった。
明るく朗らかな物言いのその声音に聞き覚えのある吉継はゆっくりとそちらへと首を回す。
それにならい包帯が巻かれた彼の身体から身を乗り出し客人を見つめた三成。
その様を見た栗色の髪の女と黄色の衣の男は驚き、そしてまた苦笑を零した。
そんな二人の反応に予想していた事とは言え、吉継は何処から事情を話すべきかと幾度目かの溜息を付いた。















「文を読んだ時はまさかと思ったが、本当に童になっているとはな」
「我もてんで理解し難いわ」


女中に用意させた茶や茶請けの菓子を大人三人で囲みながら現状に対し思案する。
面白がっているとも捉らえられる微笑を浮かべる孫市に、未だ膝の上から離れようとしない三成を抱えながら吉継は苦渋の様子で口を開く。


「四日経てどまだ元に戻らん。そろそろ我も気が滅入る」
「何故だ? あの般若の三成もそこまで大人しければ可愛げも出よう」
「ワシも長いごと三成を見てきたが、こんなにも殊勝にしている様は見た事がない」


頬杖を付きながら家康は興味深げに吉継の胸に背中を凭れさせ無心に湯呑みを口元へ運ぶ三成を見遣る。
真っ直ぐに凝視してくるその視線に気が付いたのか、三成が威嚇するが如くに何だと家康に問う。
その普段の覇気が半減、或いはそれ以下になってしまっている様に家康は面白いとばかりに破顔した。


「暫くこのままでもいいんじゃないのか?」
「徳川よ、詭弁を述べるでない」
「だが実際、元に戻る方法も分からぬのなら子供の姿のままなのだろう」
「孫市の言う通りだ。刑部は現状を楽しみながら三成が元に戻るのを待つといい」
「笑えぬ冗談は我には効かぬぞ」


明らかに楽しんでいる様子の家康と孫市に、吉継はこの二人に相談を持ち掛けた事を心底後悔した。
それまでの話を大人しく聞いていた三成が幼稚な発想だ、と小さく呟く。
この眼前の二人を否定する者がもう一人でも居てくれて良かったと吉継が思ったのはここだけの話だ。


「なぁ、三成、鬼事でもするか?」
「子供あつかいするな。こんなすがたになっていようと、中身はわたしのままなのだぞ」
「何だ、子供の体格になったからワシに負けるのが怖いのか?」
「今すぐおもてへでろ、ざんぱいさせてやる」
「お、いいのか? お前が惨敗するかもしれんぞ」
「ほざけ、たぬきが」


やっと三成が吉継の足元から身体を退かせたと思えば、負けず嫌いな彼は今度は家康を追い掛けるべく床を蹴る様にして走り出した。
元が俊足であったが故に、童子の姿の今でも大人の家康に追い付ける程足が速い。
中庭で駆けている家康が本気で走り始めたのを見て、孫市がその大人気のなさを笑った。


「良い光景ではないか、大谷」
「…………」
「貴様が三成を抱いていた時も、まるで親子の様だったぞ」


家康と並べば兄弟の様だな、と暢気に茶を啜る孫市。
鬼事をして戯れるその様子を見つめていると、吉継は彼女の言葉に首肯せざるをえなくなった。
親子という揶揄は聞き捨てならないが、確かにこの戦国の世である時世にしてみてはこの光景は平和過ぎるかもしれない。

そろそろ三成が息切れし始める。
やはり童子になった事によって肺活量も低下したらしい。
それに気が付いた家康がわざと走る速度を落としてばてた振りをする。
三成の自尊心を守る為に負けてみせた彼もまた何処までも兄の様だった。

子供の声が響く庭を見つめ、吉継は四日間付き続けた溜息とはまた違う吐息を宙に散らした。






























大谷さんの奇妙な日常弐
(歳は取りとうないな)
(居る筈のない息子か孫でも持った気分になったわ)






100731.
 

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