婆沙羅3

□大谷さんの奇妙な日常参
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「―――…もう一週間もあのままなのだな」
「…………」
「石田の事よ」
「…よもや中国までそのような噂が立っておるのか」
「先日徳川と雑賀に会うてな。面白いものがある故一度行ってみよと」
「徳川め、余計な事を…」
「しかし誠に奇妙なものよ。理由は分かったのか」
「全くもって見当が付かん」
「ほう、貴様がその様子では余程なのだな。…それ、貴様の番ぞ」
「そう急くな」


パチパチと、将棋の駒が進む音が陽の当たる渡り廊下の板敷きに響く。
他愛のない会話が繰り出される間も互いの手は戦略を練っては相手を追い詰めるべく駒を動かす。
時には時間を掛けて駒を送る吉継と元就の奥の部屋の中で、話の種である銀髪の童子は真剣に目の前の木箱を見つめていた。















「…ちょうそかべ、」
「お、出来たか?」
「これでよいのだろう」
「おう、流石に早えぇな」
「ふん、こんなものよゆうだ」


先程まで箱の形を保っていた木片が無残に三成の前で崩れている。
それを見て感嘆する元親を、三成は一週間前と変わらない無表情で一蹴した。
それに気に障った様子もなく元親が笑う。


「やっぱりアンタには敵わねーなぁ」
「とうぜんだ」
「よし、それじゃあ今度はもっと難しいのを組んでやるよ」
「すきにしろ。何度やってもおなじだがな」
「お、言ったな?」


将棋を見つめていた視線をほんの数瞬だけ吉継は三成と元親の方へと向ける。
畳の上に散らばる木塊を組み立てている元親を興味深そうに注視する友が、先日よりも幼く見えた気がした。


「……あれは寄木細工か」
「ああ、頑丈に組んだ木片の中で一ケ所だけ緩い所がある。それを見つける遊びよ」
「なるほどな、長曽我部らしい」


再び木箱となった積木の集まりを萌葱の双眸で見つめる三成に、先日の孫市の言葉が思い出された。
その吉継の様子が意外だったのだろうか、彼の真正面に座っていた元就が鼻で笑う。
面白がっている様な笑みに嫌な予感がしつつも、吉継は視線を戻しどうしたのかと元就に問うた。


「気になるか」
「何が気になると」
「石田の事よ」
「ぬしの目にはそのように見えるか」
「我だけではないぞ。恐らく雑賀に問えば同じ答えが返って来よう」


まるで先日の孫市との会話を見透かされたかの様な口振りに吉継は元就をじっと見つめた。


「そこまで心配せずとも良いのではないか? 実際に何も害が無いのであろう」
「…何も無い事程恐ろしく危ういものなどない」
「否定は出来ぬな」


元就の言う気になる、というのは心配であるという意味だ。
それは元の姿に戻れず子供の姿でいる三成を思っての事に違いはない。
だが先程から孫市の言葉を揶揄した発言をする元就に、別の意味合いも込められているのもまた吉継は気付いていた。

友としてではなく、保護者の身として三成の行動が心配なのだろう、と。
否定すれば嘘になるだろうが、肯定すればそれもまた偽りである。
何時その小さな体躯で怪我でもしないかと、そう杞憂する自分が居ると吉継は感じ取っていた。
実際何度かひやりとした事もあったと言えばあった。


「貴様も苦労人だな」
「やれ、一週間も続けば諦めも多少は付いてくる頃合いよ」
「おい、大谷、」


駒を一つ摘んで吉継が元就側へ兵を一升進ませると、部屋から出て来た元親が彼に話し掛ける。


「三成の奴、寝ちまったんだがどうすりゃいい?」
「何?」
「何だ、戯れは飽きられたか、長曽我部」
「ああ、かもな。積木を組んでいる間に船漕いでたからな」


取り敢えず暫くあそこで寝かせておく、と言って縁側に立ち軽く伸びをする元親。
彼が言った通り、吉継と元就が部屋の奥を見遣れば、三成がこちらに背を向けて横たわっていた。
薄紫の子供用の着物の上から、元親が被せたのであろう、臙脂色の丈の短い羽織りが被せられている。
代わりに元親の肩にあった羽織りはなくなっていたが。

少なくとも吉継の知る三成はそのような性格では無かった気がする。
飽くれば躊躇なくつまらないと言う男だ。
きっと寄木細工に飽きた訳ではないだろうと吉継は独り言ちていた。


「む、」
「どうした、大谷。今の一手は効いたか」
「やれ、困った」
「詰んだか」
「いいや、まだよ」


これでどうだとばかりに、吉継はぱちりと駒を動かす。
すると今度は元就が唸る番となり、暫く両者に沈黙が流れた。

その間にも吉継は向こうで横になっている小さな背中を見つめ静かに溜息を吐く。
その様子を端から見ていた元親が、茶を貰ってくると言って廊下を歩いて行った。






























大谷さんの奇妙な日常参
(ぬしはとうとう容易く他者に背を向けて寝るようになれたのだな)






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