婆沙羅3

□大谷さんの奇妙な日常肆
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「お前さん、何か悪いモンでも喰ったのか」
「きさまとちがってわたしはそんな事はしない」















「しかしまぁ、随分と化けちまったなぁ、三成」
「人をきつねか何かのように言うな」
「違うのか? それは意外だ」
「…きさま、よくもわたしにそのような口がきけたな」
「童に何を言われようと全く説得力なんてないね」


身の丈に合わない机に向かい、小さな手で筆を持ち執務をこなそうとする三成。
その背後で、座布団の上で胡座をかき童子の後ろ姿を見つめながら茶化す官兵衛。
すこぶる不機嫌そうに眉間に皺を寄せ三成が振り返ると、その視線の先の男は得意げに笑った。
まるで普段の仕打ちからの逆襲だとでも言う様に。


「今日はまた随分機嫌が悪そうだな」
「だまれ。そもそも、なぜきさまはここにいるのだ」
「さぁな、刑部が此処に居ろと言っていたから従ったまでだ」
「ぎょうぶがだと?」


何故だ、と言いたげに三成が大きな瞳を更に見開く。
何も知らされていない様子に官兵衛までも驚く。
まさか吉継に限って、三成に大事の伝え忘れなど有り得ないだろう。


「今日の軍議、流石にお前さんは出れないだろうし小生が出ても話がややこしくなるからだとさ。何だ、聞かされてなかったのか?」
「きさまの事は聞かされていない」
「まぁ軍議直前に小生も追っ払われたから無理もないか」
「ふん、きさまがとよとみのぐんぎに出るなど、それじたいがおこがましい」
「なっ…!」


やはり普段と大差のない三成の毒舌振りに言葉を失う官兵衛。
しかし仮とはいえ子供の姿である三成にどうこうする事は躊躇われ、渋々といった形で黙り込んだ。

その背後の男にふいっと顔を逸らし、再び三成は机と対座する。
何処かいきり立っている様な彼の背に、官兵衛は今日初めて彼と会ってから感じていた違和感を確信した。
童子の姿になっても自我は三成のままだと官兵衛は吉継から聞かされた。
なのに目の前の三成は、以前よりも不機嫌さを増している。
というより、明らかに今現在、彼の機嫌は悪い様なのだ。
官兵衛はもう一度同じ事を三成に投げ掛ける事にした。


「今日はまた随分機嫌が悪そうだな」
「きさまがそこにいすわっているからだろう」
「そんな事を言われてもなぁ、小生も刑部に此処でじっとしてろと言われたのだから…………ああ、そういう事か」


分かったぞ、と未だ外されもしない手枷の鎖を手を叩く代わりにジャラリと鳴らす。
余裕な表情で藤色の背中を見つめると、三成は煩わしそうに官兵衛の視線に再度振り向いた。


「……何だ、言いたい事があるならさっさと…」
「お前さん、刑部が居ないからって臍を曲げてるな?」
「は、」


突然の言葉に三成は萌葱色の双眸をきょとんとさせた。
してやったりと口許に笑みを浮かべる官兵衛に、直ぐに三成は反応が出来なかった。


「十日もの間ずっと刑部の近くに居たんだろう? いきなり刑部が居なくなったのが気に喰わない訳だ」
「な…な…」
「子供は人肌恋しくなるものだとよく言うからなぁ。お前さんも思わず童心に帰ってしまったと…」
「きさまぁぁぁぁぁ!」


我ながら名推理だ、と官兵衛が高を括っていると、三成から激昂が飛んできた。
蒼白である筈の彼の頬は憤怒、或いは羞恥によって紅潮しており、官兵衛をより調子に乗らせる結果となった。


「ゆるさない! きさまのぼうげんをゆるしはしない!」
「おいおい、そんなにカッカするな。刑部に怒られても知らないぞ?」
「ころす!」


物騒な発言をし立ち上がった三成が手に構えたのは、何処からか拝借したのであろう大抵の武士が持っている脇差しであった。
恐らく彼の刀は今の三成には長過ぎるし重過ぎるのが原因だろう。
しかしながら、彼の剣技と素早さは全く童子の力量に甘んじてはいなかった。

三成の音速の太刀筋が横一線に伸びる。
刀の長さが少し間合いを取りにくくしていたが、官兵衛に冷や汗をかかせるには充分だった。
その脇差しの切っ先が官兵衛の鼻先すれすれを掠めたのは、果たしてわざとか偶然か。
官兵衛は恐ろしくてその答えを詮索するのを止めた。


「なッ…止めろ! お前さん小生を殺す気か!」
「そう言っただろう!」
「のわっ! 危ない!」
「………何をしておるのだ、ぬし等は」


何とか官兵衛が三成からの猛攻から逃れていると、部屋の襖を開けたままの姿で吉継がげんなりと問い掛ける。
今度は縦に斬り付けてきたその斬撃を手枷の鎖で受け止めている官兵衛が、彼に気付きホッとした様に声を上げた。


「刑部! 良い時に帰って来た!」
「戯れ…の筈はないわな」
「頼む、三成を止めてくれ!」
「暗よ、我への借りは高いぞ。…三成もその辺りで止めよ、ぬしの部屋が木っ端微塵になる」


そう三成と官兵衛を嗜ませると、吉継は三成が抜き捨てた鞘を宙に浮かせ彼に渡した。
途端に大人しくなった三成に自分の言動は正しかったのだと官兵衛がほくそ笑む。
それに気が付いた三成が最後にとどめの一撃――鞘に収めた脇差しを官兵衛の弁慶の泣所へと当てるという所作をした処は吉継は見てはいなかった。

自分の脛を押さえ悶絶する官兵衛。
その様を不審な目で見遣る吉継の横を通り何処かへ行ってしまった三成の背を、吉継はただ見送るしかなかった。


「…暗よ、ぬし三成に何か言うたのか」
「は? 小生はただ少しからかっただけだ」
「……やれ、頭が痛くなる事よ…」


額を片手で覆い溜息を吐く吉継。
それを見て官兵衛が内心良い気味だと思ったのは恐らく吉継に察されている。
ぎろりと睨め付けられ、官兵衛は無意識の内に胡座をかいていた足を正座に組み換えていた。
また穴蔵に飛ばされるやもと、官兵衛がそう危惧したが遅かった。






























大谷さんの奇妙な日常肆
(……面倒な事になった…)





100805.
 

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