婆沙羅3

□蝶は紫闇にとまる
1ページ/2ページ






気に喰わない。
何が、だと。
全てだ。
あの動作、あの目、あの声色。
何故あの男に向けられる。















「貴様は馬鹿か」


下らぬ事を聞いてくる石田に罵声をくれてやる。
目敏き男め、知恵の足りぬ者は黙ってその手にある刀を振っておればいい。
所詮暴れ駒風情が。
我の謀に余計な口を挟むなぞ差し出がましい。


「貴様…!」
「まぁ落ち着け、三成。毛利もその辺りにしておけ」


間に入り刀を構えた石田を止める。
嗚呼、またぞ。
この男は何時もこうよ。
いっそ石田が刀さえ抜けば我も清々するというもの。
それすらさせぬ大谷は何時もの如くあの男を諌める。


「三成よ、雑賀へ攻める故仕度をして来やれ」
「私はまだこの男と話が…」
「そんなものは後よ、後。早にせぬと置いてきぼりを喰らうぞ」


傍目で見ているとまるで母子の様な錯覚が生まれる。
だが目の前の男二人の間にはその様な生温い関係など無い事は一瞥でも分かる。
親子なぞの柔いものではないのだ。
更に深い、底の見えぬ様な。

未だ怒りを収める事もせず食い下がる石田の肩に白い手が置かれる。
包帯が膚を埋め尽くすその掌が触れるは、唯一あの男のみだ。
途端に荒ぶ辺りの空気が和らいだ事さえ腹立たしい。

分かっている、奴等の関係くらいは。
だがしかし、気に喰わない。

何故奴があの男に拘るのかが。
あの男の何処に執着する余地がある。
己の復讐の為のみを考える男を何故生かすなどと言う。
そこに真の利があるとは到底思えはしない。
その先に待ち受けるは無益と、何の役にも立たぬ感情のみだ。
義なぞ存在する訳も無い。


「大谷、貴様も気苦労の絶えぬ男だな」
「すまぬな毛利」


一人我が先にと飛び出して行った石田を見遣りながら皮肉を呟く。
日常とも揶揄出来る大谷の言い様に横目でその仮面の奥の双眸に視線を注ぐ。
同じ様に駆けて行く背を見つめる様に、再び虫の居所が頗る悪くなるが分かった。


「三成も本来は良い男なのよ。コレデモな」


大谷は嘘しか言わぬ男だ。
だがその暗色の目が、表情が、稀に真実を垣間見せる。
そしてそれが現れる時もまた、唯一にあの男。
石田が目に映る時だ。

冗談めかしく紡がれる言葉も、我の皮肉に便乗する様でまるで違う。
その声色は、上手く隠している様でも慕情が滲み出ている。
この土地の誰よりも人の命を摘み取る男を想って。

嗚呼、腹立たしい。
何故貴様は我を見ぬ。
同胞などと在るようで無い関わりなぞ要らぬ。
我の望むものは、その様なものではない。






























蝶は紫闇にとまる
(あの蝶は暗闇を好む)
(ならば、日輪の下では生きられぬのであろうか)







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ