婆沙羅3

□両手にやや子
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「それ、これも食べよ」
「市…あまり食べたくないわ…」
「何か腹に入れぬと戦場にて倒れるぞ」
「ごめんなさい…でも、市…」
「わかったわかった。ならば…そうよなぁ、甘味は食えるか。葛餡はどうだ」
「きれい…ふふ、美味しそう…」
「そうであろ、早に食べ」
「………何をしている、刑部」















「見て分からぬか。第五天に食事を摂らせておるのよ」


厨房の直ぐ近くの一室でお市と向かい合っている吉継。
両者の間に置かれた膳を女に勧めている彼の様に三成は奇妙に思い眉を寄せる。
時刻はとうに昼餉に近い刻であった。


「やれ、ぬしの食べず嫌いは三成と良い勝負よな」
「私をこんな女と一緒にするな」
「ぬしはまた朝餉を食わなんだであろ」
「腹が減っていないだけだ」
「同じよ、同じ」


溜息を付いて吉継がじっと三成を見つめる。
それは睨み付ける様なものではなかったが、明らかに責める様な眼差しではあり。
それを意に介さず涼しげな表情のままの三成に、吉継が再び何か言う事はしなかった。

少しずつだが甘い葛餡を口に運ぶお市。
その前で甲斐甲斐しく茶を注いでやっている吉継に三成は面白くなくなった。
ああして他の者に彼が世話を焼く事が気に喰わない。
まるで、そう、例えると――母親を盗られたかの様な。

三成が葛餡の並ぶ木箱へと手を伸ばす。
特に空腹な訳ではないが、甘味ならば口に入れてもいいと、ただその程度の気持ちだ。
だがそれを見ていた吉継は直ぐ様三成の手をぺしりと叩くと、木箱の蓋を閉め葛餡を仕舞った。
三成が吉継を睨む。


「…何をする、刑部」
「ぬしは昼餉を食べ終わってからよ」
「何故だ」
「そうでもせぬと、ぬしはまた昼餉を食べまいて」
「ならば何故この女は食べている!」
「第五天はぬしと事情が違うのだ。やれ、まちと我慢せい三成」


納得出来ないとばかりに食い下がる三成を吉継は静かに諭し諌める。
まるで猛獣が唸る様に歯を剥く彼に吉継は再度三成、と彼の名を呼んだ。
漸く怒りを抑えその場に荒々しく座ると、三成は木箱を恨めしげに見つめた。


「やれ、そう拗ねるな三成」
「拗ねてなどいない」
「闇色さんは…沼地の蝶々が好きなのね…」
「だから何だ」
「市も…沼地の蝶々が好きよ…」
「だったら何だと言うんだ。刑部は決して渡さんぞ」


艶やかな漆黒の双眸が三成を映して美しく笑う。
しかし彼の方はと言うと、その微笑が気に入らなかったらしくお市を射殺さんが如く睨め付ける。
その様に彼女は直ぐに笑みを潜めると、落ち込んだ様に俯いた。


「闇色さん、怒ってるの…? 市…怒られた…?」
「…やれ三成よ、そう苛めてくれるな」
「刑部! 何故お前はその女を庇うのだ!」
「大きな声…市、怖い…」
「なッ…貴様ぁぁぁぁ! 私の刑部から離れろ!」
「これ、よさぬか、三成」


再び抗議し始めた三成に怯え、お市が吉継の背後へと身を隠す。
それが更に三成の逆鱗に触れたらしく、怒りのままに腰を上げがなり立てた。
お市はどうしていいか分からずまた肩を竦めるが、三成は未だ彼女を睨んだままである。
間に挟まれた吉継は呆れ果てて思わず溜息をもう一度吐いた。


「全く…双方とも何故仲良う出来ぬのだ…」


その吉継の憂いの言葉は、目の前の二人の耳には決して聞こえてはいなかった。






























両手にやや子
(我は困った、誠困った)
(此処まで大きなやや子を、二人も面倒看きれぬ故)







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