婆沙羅3

□温泉巡りの旅に出ます参
1ページ/1ページ







「なぁ、根本的な事を聞いてもいいか?」
「何だ。手短に言え」
「小生は何の為に此処に呼ばれたんだ?」
「決まっている。荷物持ちだ」
「いや、おかしいだろ」















「悪いが帰らせて貰うぞ」
「異存は認めない。さっさと担げ」
「いい加減にしろ! 大体何で小生なんだ!」


いつまでも外して貰える兆しのない手枷を上下に振り鎖を鳴らす官兵衛。
ジャラジャラと煩わしく鳴らし続ける男に、三成は思い切り眉を顰めて鬱陶しげに睨め付けた。


「わざわざ九州から体に鞭打って来たと思ったら荷物持ちだと!? しかもまた九州へ戻れだとさ! お前さんは小生を殺す気か!」
「貴様の様な馬鹿を使ってやろうと言っているんだ。頭を垂れて礼を述べろ」
「何故じゃー!」
「暗よ、その手枷を鳴らすを止めぬか。さもなくば三成に代わり我がぬしの息の根を止めるぞ」


不服そうに食い下がる官兵衛の煩い手を止める。
ひたすらに金属のぶつかる音を発し続けた彼に吉継は心底うんざりした様な視線を投げ掛けていた。
それにも屈せずまだ文句を漏らす男に三成は刀をその鼻先に突き付ける。


「お前さん等なんか道中に谷底に落ちちまえばいいのにな…!」
「…官兵衛、貴様その減らず口を今直ぐ閉じないと血肉の破片にしてやるぞ」
「へーへー、分かったよ! お前さんの言う事を聞いてやるよ!」


諦めた様に自棄になって足元の包みを抱える官兵衛。
その様子を確認し、吉継は漸く自分の身支度を整えに行く。

どうやら三成は幾分前から九州へと赴く予定だったらしく、今日発つ為に官兵衛まで呼んでいたらしい。
その役割は随分辛辣なものではあるが。
三成も西の端まで行くのは大変だと分かっていたらしく、道中まで共にさせる為に官兵衛を呼んだのだ。
しかし官兵衛本人にとって今から再び九州へと戻されるのは些か憐れである。


「しかしなぁ、お前さん等がいきなり九州に行くなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
「鬼島津の硫黄泉に用がある。ただそれだけだ」
「硫黄泉? 温泉だろ、温泉なんかに何の用が……ああ、刑部か」


吉継が三成と官兵衛が待つ部屋へと戻って来る。
すると何やら自分の名が二人の会話から漏れた。
あの二人がまともに話しているなど珍しい。
そう思いながらも何故にか名前が上がった事に疑問を抱きながら部屋の中へと顔を覗かせた。


「…我が一体どうした」
「刑部…もう仕度はいいのか」
「そんじゃま、日の明るい内に行くとするかね」


自分の最低限の持ち物を刀以外全て官兵衛に押し付けて、三成は廊下を歩き出す。
その後を至極面倒だとばかりに官兵衛もついて行く。
何故かは知らないが自分の名を出す程今回の事に詳しいその男に吉継は未だ小首を傾げていた。

まさか官兵衛までもあの鬼島津との会話を聞いていたというのか。
普段はその様な理由を聞けば下らないと文句を言っていた筈である。
吉継でさえも取るに足らない理由だと思っているにも拘わらず、官兵衛は何も言わない。
それが不可解であった。


「…どうした、刑部。三成の奴、もう行っちまったぞ」
「……ああ…」
「旅荷だったら小生が持つ。だから早くお前さんの息子を追い掛けるこった」


三成程ではないが、それなりに少ない方である荷物を官兵衛が吉継から奪い去る様に持つ。
息子、と友である三成を揶揄し、からかう様な笑みを浮かべる様は引っ掛かる。
だが下手に何かを言う事もせずに吉継は含んだ笑い声を上げた。


「やれ、困った。明日は雨か、それとも雹か」
「刑部…お前さん本当に性格悪いな」
「褒め言葉よな、それは」
「黙って小生に感謝したらどうだ」
「そうよなぁ、気が向けばな」


厄玉の付いた手枷を引きずりながら荷物までも持って官兵衛は吉継の後を追う。
その間も言葉の応酬が一時行われたが、あまりにもゆっくり歩く二人に痺れを切らした三成が戻って来た事によってそれは直ぐに終わった。






























温泉巡りの旅に出ます参
(何をしている、刑部! 早く来い!)
(すまぬな三成、黒田がしつこく我を引き留める故)
(何…! 官兵衛、貴様…!)
(な、何故じゃー!!)






100914.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ