婆沙羅3

□何が起きた。
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「よう。刑部じゃないか」
「……暗か。この様な所まで何しに来やった」
「お前さんと同じだよ。小生もただ眠れないだけだ」















「月見酒か?」
「生憎情緒を愉しめる程頭は冴えておらぬ」
「そうか、やっぱり眠れないのか」
「まぁな」


すっかり月も夜空に昇った頃だった。
目が異様に冴えて眠れないそんな中、小生は静まり返った廊下を歩いていた。
そりゃあ歩いて眠くなるようだったら苦労しない。
だが目が冴えちまってるんだ、何かしないと落ち着かないってモンだ。

だらだらと廊下の曲がり角を曲がり、月明かりの明るい庭に出る。
その縁側で酒を呑んでいる刑部に思わず話し掛けた。
こんな夜遅くに起きてる奴なんて貴重だ、いくら刑部であろうとな。
という訳で了承も得ずに隣に座り込む。


「珍しいな、お前さんが酒に頼るなんてよ」
「我とて不服よ。半ば呑んだとしてもこれっぽっちも睡魔などやって来ぬ」
「昼間の内に昼寝でもしたのか?」
「我はぬしと違うてな。その様な暇なぞ皆無である故」
「小生だって昼寝はしていないぞ!」


酒を呑んで眠気を引き出そうとしていたようだが、どうやらなかなかソイツは刑部を迎えに来ないらしい。
確か酒に強い方でもなかった気がするが。
今日は随分と酔いが回らないなと不思議に思う。
首を傾げながら、床板の上に置かれた徳利に手を伸ばした。

振れば半分程入っているらしい酒。
猪口を使って飲むという面倒臭い事はせずにそのまま口を付けた。
横からの視線が痛い。
しかし躊躇無しに全部呑んでやる。


「……全て呑みやったか。上物であったのにな」
「固い事言うなよ、お前さんもけちだな」
「ぬしに全て呑まれた事が癪に障るのよ」


また床の上に空になった徳利を置くと、それを手に取り刑部は水音の聞こえないそれを横に振る。
…本当に厭味な奴だな。
そんな厭味な刑部はまた徳利を置き煌々としている月に目を向けた。

小生の後ろに転がっている厄玉を足で蹴ってずらし、そのまま横になる。
手枷の所為で頭が結構痛かったが、まぁ気にしない。
涼しげな月を刑部に釣られ静かに見つめた。


「……そういやぁ刑部。お前さんとは長い付き合いだがゆっくり話した事はなかったな」
「ゆるりと話し合う事などぬしにはあったのか?」
「いや、そう言われるとお終いなんだが…ふと思ってな」


コイツと鉢合わせる時はいつも皮肉の応酬だったからな。
今更だがこうして穏和に過ごす時が来るなんざ夢にも思わなかった。
別に小生は刑部を毛嫌いしてる訳じゃあない。
直ぐに小生を小馬鹿にして顎で使わなければ話の分かる奴だと思う。
大嫌いって訳じゃないんだ。

じっと黄色い光を見つめてると、髪に隠れた瞼が段々重くなってきた。
酒が効いてきたんだろうか。
やっと来た眠気に内心喜びつつも此処が何処だか分かってるから不味い。
刑部からの咎めも頭上から聞こえる。

いよいよ目が開かなくなってきた。
こいつはやばい。
部屋に戻らんと風邪引いてまた刑部や三成にからかわれる。
そう思いながらも小生の目は閉じたままだった。






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