婆沙羅3

□何が起きた。
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「……ありゃ?」


次に目が覚めた時は、辺りはもう明るかった。
髪が目に掛かっているのと寝起きから周りがよく分からないが、この明るさは月のものじゃなく確実に太陽だ。

のそりと身体を起こして伸びをする。
それにしてもよく寝たな。
あれから結局朝まで寝ちまったらしい。
やっぱり酒が要因なのかと独り言ちながら足元の布団から這って出た。


「………ん? 布団?」


おかしいな、確か小生は縁側で寝ていた筈だ。
なのに何で布団から出て来ているんだ。
急いで目を擦ってぼやけていた視界を覚醒させる。
改めて自分の周りを見ていると、何だか逆に頭が混乱してきた。

先ず、辺りが明るいとは言え少し薄暗かったのは早朝だからじゃなかった。
閉められた障子戸が朝日を遮っている。
という事は、もうすっかり朝餉の時間かそれよりも遅い刻だろう。
そんでもって、障子があるって事は、此処は部屋の中だ。
布団の下は畳だし、きちんと机やら箪笥やらが置かれている。

誰かが小生を運んで此処へ寝かしてくれたらしい。
しかし一つ引っ掛かる。
此処は小生の部屋じゃあないんだ。
この城のモンなら小生の部屋くらい分かるだろうし、第一厄玉を付けてる小生を運ぶんじゃなくて起こすだろう。
こんな鉄の塊付けたガタイのいい男一人運べる奴なんざそうは居ないからな。
…じゃあ一体誰だ?

そういやぁ、刑部はあれからどうしたんだ?
結局小生の方が先に寝ちまったんだ。
アイツも自分の部屋で寝たんだろうか。
…て、そうだ、居たじゃないか小生を運べる便利な力のある奴が。
刑部なら小生を余裕で運べる。
しかし刑部の奴、小生を一体何処に運びやがったんだ。
刑部め、小生を知らない奴の部屋に運ぶなんて良い度胸だ。

……いや、でも待てよ。
悪態を突きながらふと頭が冷静になっていく。
知らない奴の部屋だと?
そんな寝起きのお楽しみを期待出来る程知らない部屋じゃない。
小生は知っている、この部屋を。
机や箪笥の位置も、机に置かれた古びた書物も。
僅かに香の様な匂いもめちゃくちゃ心当たりあり過ぎだ。


「………刑部の部屋じゃないか、此処…」


―――スタンッ


「!」


呟いたと同時に開かれた戸の音にギクリとするが遅かった。
いきなり開かれた障子の間から部屋の中を覗く奴と思いっ切り目が合う。
いやいや、何て時機だ。


「……官兵衛、貴様…刑部の部屋で一体何をやっている…」
「いや、別に…ちょっと…」
「言い訳など聞きたくない! それより刑部は何処だ!」
「それは小生も聞きたいくらいだ」


現れて早々に鬼の形相で刀に手を掛ける三成。
お前さん刑部呼びに来る時でも刀持っているのか、なんて疑問はこの際飲み込んでおこう。
下手言ってこれ以上状況を悪化させたくない。


「やっぱり此処刑部の部屋だったのか」
「貴様何を言っている」
「小生も何で此処に居たのか分からないんだよ、昨日の夜縁側で寝てたってのに……あ、おい刑部!」
「朝から騒々しい事よ。黒田、ぬしやっと起きやったか」


今にも鞘の中から刀身が出て来そうで冷や汗かいていると、廊下から刑部の櫓の影が見えて一安心した。
名を呼ぶ小生の後、三成もそちらへと顔を向ける。
ゆっくり三成に近付く今の奴は、姿も様子も普段通りだったが何処か疲れているようだった。
まだ朝だと言うのに憔悴なんておかしい。


「刑部、小生は縁側で寝ていた筈だぞ! 何でお前さんの部屋に小生が居るんだ」
「何? ……黒田め、ぬしは昨夜自分のした事を覚えていないと言うか」
「小生がした事ぉ?」


何だ、小生がした事って。
全く覚えがない為首を傾げて刑部を見遣る。
それが気に喰わなかったのか、直ぐ様数珠の一つが小生の頭目掛けて飛んで来る。
その仮面で隠れた眉は明らかに顰められているようだった。
まさか。


「………いや、ちょっと待て。刑部、小生はまさか…」
「もう良いわ、そのまま忘れていやれ。何時までも覚えておられては我も困る故」
「ぎょ、刑部……」
「誠、好都合よな」


刑部が呆れた様に溜息を吐き、じとりと睨み付けてきていた双眸を伏せた。
何処か憐憫の篭った様な、傷付いた様な表情をする刑部に背中を流れる冷や汗が止まらない。
いや、ちょっと待て。
ちょっと待てぇぇぇぇぇ!

それじゃあ、何か?
小生は刑部にそういう事をしたという事か!?
酒呑んだ勢いで、病気持ちの刑部に無理矢理…!?

ていうかあれだけの量の酒で意識を飲まれたのか、小生は。
決して小生は下戸ではなかった筈なのに、どういう事だ…!


「官兵衛……貴様ァァァァァ!!」
「ご、誤解だ! 小生は何もしていない! なぁ刑部、そう言ってくれ!」
「……すまぬな、我は当分独りになりたい。捜してくれるな」
「………殺すッ…!」
「何故じゃぁぁぁぁぁ!!」


紅く据わった三成の目に戦慄が走る。
しかし小生の助け舟であった刑部はふよふよと縁側を降り屋根の上へと姿を消してしまった。
ああもう駄目だ。
こうなったらもう小生は助からない。


「官兵衛! 刑部の操を返せ!」
「小生は何もしていない!」
「おのれまだ惚ける気か! 斬滅してやる!」


それからは…まぁ想像付くだろうが三成と追っかけっこだ。
何とか三成から逃れた後も、小生は三日くらい今回の事で凹んだ。
しかしこれも刑部渾身の名演技からなる嫌がらせだと聞いた時は本当に泣いた。






























何が起きた。
(全く暗も愚かな男よ)
(まさか酒の二口三口で酔うたとは誰も信じまいて)
(しかし我が渾身の演技も捨てたものではないな)
(お陰で暫く退屈せなんだ)
(おおっと、これは我とぬしだけの秘密故。誰にも喋ってくれるなよ?)







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