婆沙羅3

□温泉巡りの旅に出ます伍
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「おお! よう来んしゃった、吉継どん達ー!」


薩摩の地、温暖な気候の中の昼下がり。
一行が島津の住む地域までやって来た頃、彼はいち早く一行を出迎えに現れていた。
島津の背後の生い茂る森林の向こうに、白い蒸気がもくもくと上がっている。
風に乗って漂う硫黄の匂いが、此処が温泉地である事を明らかにさせていた。


「遠路はるばるよう来んしゃった。おいは嬉しか」
「……鬼島津…」
「すまぬな、急な話で」
「よかよか、ゆっくりしていきんしゃい!」


豪快に笑う島津に、三成は面食らって彼を呆然と見つめる。
その隣で相も変わらず相槌を返す吉継。
するとやっと後ろから荷物と馬を引いた官兵衛が追い付いた。


「おお、官兵衛どん! おまはんも来とったか!」
「いや何、九州へ帰す途中まで荷物持ちを頼んでな」
「ハァッ…ハァッ……ったく、お前さんも人使いが荒いな…!」
「褒め言葉よ」
「そげな事なら、早う湯に浸かるとよか。おまはん等もくたびれちょるんね」
「その事だがな、島津」


肩で息をする官兵衛の背中を叩く島津に、吉継は一言声を掛ける。
それに気が付いた島津、だけでなく三成や官兵衛までもがどうしたのかと彼を注視する。
その視線を疎む事もせず、吉継は一度切った言葉の続きを紡いだ。


「我は躯を病んでおる故、人の入る湯に浸かって良いものかと思うてな」


吉継の病は、当時人から人に伝染する業病とされていた。
それは媒介となるものからも伝染ると言われていた為、彼は温泉に入る事を躊躇われたのである。
温泉と言えば公共のもの、必ずや吉継が入った後で他人も入る事となろう。

しかし、島津は吉継のその話を聞くとまた笑い出した。
それは馬鹿にする様な笑いではなく、大事無いという意味合いが込められたものだった。


「そいつぁ、心配には及ばんね。こん薩摩は何処掘ってもまず先に温泉ば出もす。気になるんなら、浸かった後に湯水ば流せばよか」
「……さようか」
「気にする事なんぞ何も無かよ! そん為においは、おまはんば呼んだんじゃからの!」


心強い言葉に吉継は内心安堵していた。
ここまで来て、三成の折角の心遣いを無下にする事だけは避けたかった故にだ。
きっと吉継が温泉には入れないと島津が言っていれば、三成は友の為に抜刀し兼ねない。
最悪の事態だけは避けたかった、というのも理由の一つだ。
第一、盟友である筈の島津と戦をしに来た訳でもない。

吉継が誰ともなく独り言ちていると、遠くから人の喧騒が聞こえそちらに意識を向ける。
三成、官兵衛までも視線を移したその先には、大きな水柱が空に向かい湯を撒き散らしていた。
島津が大きな声で喜んでいる事から間欠泉だろう。
また新しい源泉を掘り当てたのだ。
それを見つめながら、吉継は硫黄の匂いを胸に吸い込んでいた。






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