婆沙羅3

□戦友なんて生易しいもんじゃねぇ
1ページ/2ページ




オクラが暴走気味。










「―――長曽我部、」


名を呼ばれて反射的に振り返ろうとする。
聞き慣れた声だとか、そんなもん騒がしい此処じゃ分かる筈もなく本当に反射的に。
首を回した瞬間、目の前の野郎にビビると同時に嫌な予感がして逃げようとしたら予感が的中した。
駄目だ、逃げられなかった。















「ぐはッ!」


そのままつんのめって甲板の床と顔面からこんにちわした。
何でこんな酷でぇ転び方したかっつーと腰に巻き付いてる緑色が原因だ。
何故か振り向いたら至近距離に居た毛利から、俺ぁ全力で逃げようとしただけだった。
そうしたらいきなり腰に抱き着かれて毛利諸共この体勢。
チクショウ、もろ鼻打ったぞ。


「〜〜〜だぁーもう、一体何だ!」
「長曽我部。貴様、我に対し良い度胸をしておるな」
「はぁ?」


何とか肘で上半身を支えて呻けばえらく機嫌の悪そうな声が後ろから聞こえる。
馬鹿野郎、良い度胸してるのはアンタの方だ。
大体今四国が壊滅状態に近い事くらい分かってんだろうが。
俺を含め今長曽我部のアジトは復興作業で体に鞭打ってまで働いて疲れてんだ。
なのにわざわざ船まで乗り込んで来やがって。

てか何で誰も助けに割り込んで来ねぇ!
と思ってたらウチのもんの一人と目が合う。
おい、頼むからこいつ退かしてくれ。
そう言おうと口を開いた途端に目を逸らされた。
何でだよ!

よく見りゃあ船に乗ってる野郎共全員が気不味そうなツラしてせっせと手を動かしてやがる。
…仕方ねぇよな、こいつの扱いなんざ分かる筈もねぇし分かりたくもねぇ。
こんな甲板のど真ん中で倒れてんのは邪魔だろうが口も出せなきゃ手も出せねぇってとこか。
この様子だと船に乗り込んで来る毛利を引き止めようとした奴なんざいなかったのかもしれねぇ。

未だに腰にしがみついていやがる安芸の智将殿から離れようと体を捩る。
まだやらなきゃなんねぇ事があるから、て思っても下半身がびくともしねぇ。
おいおい、毛利の野郎こんな細っせぇ体の何処にそんな馬鹿力備えてやがんだ。
がっちりと腰から下は毛利の体の下に敷かれてっから足掻きようがない。


「俺が何かしたってのか」
「知らぬとは言わせぬぞ」
「いやいや、知らねぇよ! 何もしてねぇだろーが!」
「先日石田と同盟を結んだそうだな」
「はぁ?」


何だ、それがどうかしたのか。
第一休戦協定結んでんだ、石田と結んで毛利側が不利益になる事なんざこれっぽっちもないだろう。
奴さんはこいつとも同盟結んでいる訳だし。


「で、何がいけないって?」
「何故黙って石田なんぞと同盟などした。その様な事我に一言言ってからにしろ」
「何でアンタに…」
「決まっておるわ。貴様は我の懇ろであるが故」
「いっぺん脳味噌洗って来い」


どんな理由かと思って聞いてみりゃあ案の定これだ、ふざけてやがる。
何が懇ろだ、何が。
おかしいだろ、こんな野郎に組み敷かれる方なんてよ。
西海の鬼の名が泣くぜ。

あまりにも素っ惚けた事言うもんで青筋立てて凄んだ。
まあこうした処で馬の耳に念仏だろうが……いや、火に油だった。
やめろ、そんな目すんじゃねぇ。
明らかにキレてる毛利に本来俺がするもんじゃないが酷く後悔した。


「どわぁっ!?」


突然引っ張られたと思えばそのまま後ろに吹っ飛ばされた。
…吹っ飛ばされただと、有り得ねぇ。
待て待て、だから何なんだその馬鹿力は。
平然と俺を放り投げた毛利き文句を言おうとすれば今度は背中を打ち付けてそれ処じゃなくなった。
かなり痛てぇ。


「…ッのやろ…!」
「いい加減腹を括らぬか」


冷淡に見下ろしてくる毛利に咳込みながらも睨み返す、が。
…駄目だ、完璧に目が据わってやがる。
これじゃ何言ってももう聞く耳持たねぇな。
元々持っていたかも定かじゃあないが。

わざわざ屈み込んで顔を覗き込んでくる。
思い切り木の床に当たった背中を庇っていると、更に距離を縮められた。
しかし近い。
鼻先が当たりそうな程に。
口許に不敵な笑みを浮かべる毛利を見て、ああそういやあ色男だったなと今更ながら思い出した。
そこいらの女が放っておかない面してやがるのに惜しい事だ。
何が楽しくてこんな海賊相手に言い寄るんだか。


「毛利家へ嫁に来い」


溜息を吐きながら見つめているとまた毛利が頓珍漢な事を言い始める。
この野郎、今なんつった。
いい加減腹ぁ括るのはアンタの方だぞ、毛利。
今の言葉は戯れ事でも言っちゃなんねぇ事だ。
ここまで言われて黙って居られる程鬼ヶ島の鬼も優しくはねぇ。

怒り心頭に立ち上がってそのまま怒鳴り散らそうと膝に力を入れる。
するとまた近付いてきた端正な顔に驚くのも束の間、羽織りの襟元を掴まれ引っ張り込まれた。
またはっ倒されんのか。
そう自嘲するが早いか否か、不意に唇に感じた違和感に奈落に堕ちてく感覚がした。

ああもう駄目だ、腹を括る前に俺は目の前の野郎にしてやられた。






























戦友なんて生易しいもんじゃねぇ
(あの頃の冷酷非道のアンタが懐かしいよ!)
(誰でもいい、誰か戦友だったアイツを取り戻してくれ!)







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ