婆沙羅3

□袖口のてふてふ
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「―――…それで、話はそこで終いか」
「ああ、その後我が話を切り上げて自室に戻った故」
「…………」
「…何だ毛利、言いたい事があるのならば早に言え」
「貴様も思っていた以上に鈍感な女なのだな」















「これでは呆れて物も言えぬわ」
「まぁ毛利、そう言うてくれるな」


無表情のままの元就に対し、吉継はその隣で苦笑いを目元に浮かべた。
互いに碁盤の前から体をずらし、縁側へと視線を向ける。
先日の三成の際と同じく二人の間には茶が出されていたのだが、先日宜しくそれが畳に拉げる事はなかった。


「石田も貴様で良いと言っておるのだろう。ならば何故殊勝に頷かぬ」
「我にも譲れぬものがあるのよ。…これも三成の為である故、致し方あるまい」
「フン、石田も哀れな男よ」


珍しく他人を垣間見る様な発言をする元就に驚き彼を見遣る。
憐憫など表情に出る訳がなかったが、どうしてか溜息はその端正な唇から漏れ出ていた。
小さく目を見張り、吉継が彼を凝視する。
しかし直ぐに目を逸らし真正面の庭へ向き直ると、彼女は再び口を開いた。


「…三成に我は釣り合わぬ。我があれの隣に並んではならぬのだ」


吉継は先日の三成の様を思い出し、元就ではなく自身に言い聞かせる様に呟く。
あの切なげな彼の表情を思い返す度に、彼女は胸を締め付けられる思いでいた。
今にも泣き出しそうなあの哀しげな双眸。
三成が元服する前の、まだ幼かった頃の彼の瞳を重ね、吉継は一人苦しんでいた。

まるで病気を患った時期に見た彼を見ている様だった。
病が愛しい彼に移ってしまう事を恐れ、避け続けていた折に見た、あの表情。
自分が傷付いた様に哀しみ、例え吉継がどれだけ遠ざけても三成は彼女から離れようとはしなかった。
刀を握る事も満足に歩く事すらも叶わなくなった彼女の前から、彼が離れて行く事は一度としてなかったのだ。

自身の息子の様に、彼の母親代わりとして三成を育て、近くで見てきた。
言わば彼に対する愛情は子に対するものでなければならない。
なのに、その情念が一人の男を想うそれに変わっていた事に気が付いたのはどれ程前の事だったろうか。
三成が自分に微笑み掛ける度、刑部と呼ぶ度に心躍らせる自身にどれ程自己嫌悪を抱いた事だろう。
愛執の念を抱く度に吉継は苦しい程の虚しさを覚えてきた。


「所詮我等は母と子の関係よ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
「三成もそれ故の気の迷いでああして言っておるのよ」
「だから貴様は鈍い女だというのだ」


苛立ちを含んだ様な元就の言葉に吉継が首を傾げる。
怜悧な双眸が横目で彼女を一瞬見遣ると、直ぐにまた日の射す庭を見る。
男の言い種が今一つ理解し難い吉継は、暫し瞬きをしつつ次の言葉を待つ。


「…はて。ぬしの言う意味が解せぬのだが」
「貴様は男と言う生き物を分かっていない。何一つな」
「予てより男衆の中で生きてきた我がか」


豊臣全盛期以前から、吉継は豊臣家臣下として秀吉に仕えていた。
男しか居ないそんな政治・武芸の世界に彼女は長年女武将として活躍していたのだ。
人一倍機転も頭も働く吉継に、常に周囲に居る者達の行動を読めない筈がなかった。


「女心が女にしか分からぬのと同じぞ。男心は男にしか分からぬ」
「…さようか。そうよな、言われてみればそれもまた道理」
「欲するものが目の前にあるにも拘わらず手に入れられぬ、ならばどうするか。男ならば考えるまでもない事」


庭先を見つめていた吉継の視線が途中で言葉を切った元就へと向けられる。
それに気付いたか否かは定かではないが、不意に振り返った彼の表情は些か真剣なもので。
その態に驚く暇もなく、元就は冷淡に言い放った。






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