婆沙羅3

□腕の中のてふてふ
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※情事後。描写にご注意!






「―――赦してくれ」


背中越しに聞こえた許しを請う言葉に思わず襟を整えていた手を止める。
振り向けば、そこには泪を流しながら佇む銀髪の男の姿があった。
その様に驚く反面、吉継は胸中でやはりこうなったか、と諦観さえも抱いていた。















次に吉継が意識を取り戻したのは翌日の早朝の事だった。
まだ辺りが薄暗い刻、腰やら身体の節々やらの痛みに苛まれていながらその時頭の中はやけに冷静で。
昨晩自分の身に、そして三成と自分との関係に何が起こったのかもきちんと覚えていた。

ゆっくりと上半身を起こす。
下肢に纏わり付く鈍痛を黙殺しながら状況を確認する。
意外にもすっかり身なりが整えられている事に吉継は先ず驚いた。
三成が後始末でもしたのであろうか。
所々解かれていた包帯は新しい白い包帯に代えられそしてきちんと巻かれていた。
汗に濡れた不快感もなく一度躯を拭われている事も分かる。
全てに於いての措置が情事後の名残を感じさせなかった。
彼女の病躯に残る倦怠感以外は。

横になっていた為に着崩れた衣服の襟口を直す。
未だ感覚の遠い指先で襟を詰めていると、背後から三成の小さく呟く様な声が聞こえた。
ゆるゆると首をそちらにやれば、障子を一枚分開けこちらを見遣る彼が居た。
刑部、と力無く呼び掛けるその声は震えている。


「……三成、」


穏やかな声色で名を呼んだ筈であるのに、弾かれた様に肩を震わせ跨いでいなかった敷居を踏み吉継の目の前に跪く。
それに驚く暇もなく三成は嗚咽混じりに口を開いた。


「すまなかった刑部赦してくれ、私は貴様に酷い事を…私は最低だ、貴様を最も愛しているのに、何よりも大切に想っているのに……私は…私は、貴様を傷付けてしまった…!」
「三成…」
「刑部…刑部すまない、頼む、刑部、嫌わないでくれ……」


俯きしとどに泪を流す三成。
まるで童の様に謝り続ける彼の、その普段に比べ小さく見える肩に吉継は愁眉の表情を浮かべる。
心中の何処かで察していた事態が現実のものとなり、もうこれ以上は誤魔化しが利かないのだという事を彼女は悟った。

三成は何も悪くない。
彼をここまで追い詰め、男の業を背負わせてしまったのは紛れもなく自分だ。
彼が謝る必要など芥子粒程もないのだ。


―――傷付けたのは、ぬしではなく、我の方よ。


最も愛しているが故に、何よりも大切に想うが故に遠ざけようとした。
それがどれだけ三成を傷付け、哀しませる結果になろうとは知らずに。
今まで常に側に居てくれた彼を、自身は裏切ろうとしていたのだ。
常に真っ直ぐ向けていてくれたその双眸から、吉継は一度でも目を逸らしてしまった。


「―――すまなんだ、三成…」


眼前に居る三成に腕を伸ばす。
言う事を聞かない足腰の為半ば抱き着く様に抱き締める吉継。
引き攣る様な呼吸の彼が楽になるよう背中を撫でながら彼女はゆっくりと三成に囁き聞かせた。


「謝るのは我の方よ…すまなんだ三成、我を赦しやれ……」
「ぎょう、ぶ…」
「我はぬしを苦しめてばかりよ…こんなにも愛おしい、唯一の想い人だというのに」


緩く抱き締めた三成の身体がもう一度だけ小さく跳躍する。
華奢な吉継の肩口に宛がわれていた顔を恐る恐るといった風に上向かせると、石英の様な女の双眸と濡れた萌葱色のそれとがかち合った。
愛おしげに細められる吉継の瞳と、驚いた様に見開かれる三成の瞳。
三成が震える声で彼女に問うた。


「刑部…貴様、今何と……」
「我がぬしを嫌う筈がなかろ。我は…我は、ぬしを慕っておる故。愛するぬしから、我はもう離れられぬわ」


そう吉継が呟くと同時に、三成は強く彼女を抱き締め返した。
突然の抱擁に息が詰まるが、その腕の力強さに安堵と切ない程の慕情が彼女の胸を満たした。
私もだ、愛している、と歓喜に打ち震えながらも女の存在を確かめる様により一層抱き寄せる。
三成のその言葉も温もりも、全て自分に向けられているのだと思うと吉継は堪らなかった。

愛執と哀愁で混沌する彼女の瞳から、また泪が零れ落ちる。
それでも男の背に回した腕だけは解かずに、何時までも三成に縋ったままを保っていた。






























腕の中のてふてふ
(病躯を持つ我を愛すと言うぬしが、我は愛おしくも哀しいと思った)
(そして何よりも、ぬしに何も与える事が出来ぬ我が、虚しいと)







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