婆沙羅3

□その後のてふてふ
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「経過はどうだ」
「うん? ……はて、近頃は戦も悪巧みもなかった筈だが」
「誰も戦の事なぞ聞いてはおらぬ。石田との件よ」
「……ああ、その事か」















「ヒッヒッ、ぬしも数奇者よなぁ。まだ覚えておったとは」
「奴のあの風情を見て気付かぬ方が余程愚かぞ」


縁側で茶を啜っていた吉継の前に現れた元就は、そのまま彼女の隣へと腰を下ろすと淡々と口を切った。
それに相槌を返す彼女であるが、直ぐ様男からの切り返しに言葉を僅かながら濁らせる。
先日の対話の際とはまた違った意味合いの苦笑を浮かべて口を開く吉継に、彼は確信を抱きながらも再度問うた。


「経過はどうだ。あれから少なからず躍進はあったのだろう」
「ぬしの見ての通りよ。あれから何とか事が運んでな」
「フン、漸くか」
「そう言うな毛利。言うたであろ、我にも譲れぬものがあった故」


そう漏らす吉継の口調は穏やかで。
とても先日の憂えた声色でものを発していたとは思えない程だった。
それに元就は驚愕よりも呆れよりも、何処か緊張が解れる様な心持ちで彼女を見ていた。
先程吉継を訪れる前に見た三成の目と今目の前に居る彼女の目を、元就は無意識下の内に重ねて見ていた。

まるで別人の様だ、というのが元就が今日三成を見て感じた印象であった。
顔が体付きがどうこうの話ではなく、彼を取り巻く雰囲気ががらりと変わってしまった様に安芸の智将には思われたのである。
常に何かを目の敵の様に睨め付けるその凶暴な素振りが全くない。
まるで棘がなくなりすっかり丸くなったかの様だった。
顔付きも幾分温和に見える。
これで何もなかったと言えば到底信用出来ない話である。


「まぁ、それも我自身が手折ってしまったのだが」
「貴様が愚図をするが故に時間が掛かったのだろう」
「その度にぬしがあれよこれよと世話を焼いてくれよったな。懐かしや」
「フン」
「しかし、それ故に分からぬのよ。何故ぬしが我の背を押すような真似をしたかが」
「言った筈だ、貴様等の煮え切らぬ生温い関係が煩わしいと。特に貴様のな」
「…さようか」


元就の辛辣な言葉に対し、吉継は喉の奥で笑いながら返事を返す。
恐らく彼からはその様な言い草しか返ってこないだろうと予測していたに違いない。
目元に穏和で柔らかい笑みを浮かべながら、彼女は真っ直ぐに元就の目を見つめながら口を動かした。


「感謝するぞ、毛利」
「…………」
「我は誠、良い同胞を持った事よ」
「…フン。これで貸しは一つぞ」
「早に返そう」


手厚く肌を隠す女のその目元のみの微笑に、元就は再び胸の内の蟠りが軽くなる感覚を覚えた。
まるで安堵でも感じているかの様な。
冷徹な智将にあるまじき感情に当の本人が一番不可思議だと思った。
よもや盟友の恋路が叶った事に喜んでいるのではないだろうか。
いやある筈がない。


「―――…刑部……」


遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。
その声色さえもあの普段の刺々しさがなくなっており、元就は眉間に皺を寄せたく思った。
これ程までに人間は一人の人間の為に変わるものなのだろうか。
だとすると恋情というのは何とも恐ろしい感情である。

対峙する女の肩越しの渡り廊下を見ていると、不意に目の前で吉継が瞳を瞑り少し顎を引く。
直ぐに双眸を開かせる彼女であったが、その瞳の色は嬉々としながらも恥じらいをも強く孕み酷く艶だった。
それを目の当たりにし、元就は思わずもう一度注視する。
声を上げる声はせずともいじらしく三成の呼び掛けに反応する彼女に、不覚ながらも元就は目を奪われてしまった。

廊下の曲がり角から銀髪の男が現れる。
それと同時に微笑みながら背を振り返った吉継に、元就はそっと独り言ちる。
存外、三成の慕情の気持ちも分からなくはない、と。
そう思いながら不意に近付いて来る三成の顔を見遣れば、嫉妬の念の篭る鶯色の双眸で睨め付けられた。






























その後のてふてふ
(恋は盲目、とはよく言ったものよ)
(その嫉妬は母への依存からか、はたまた好い女への愛執の念からか)







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