婆沙羅3

□愛しのてふてふ
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初めて目にした時から気に喰わなかった。
あの男の存在が。
常に訪れた際には、刑部と共に居るという事が。















す、っと睨み付けていた男が急に立ち上がる。
振り返る刑部が再び視線を前へと戻し、毛利を見つめる。
その見上げる視線の先にあの男が居る事すらも気に喰わなくて、眉間に自然に力が篭った。
刑部を見下ろす奴の視界に自身は入ってはいない。
それがまた苛立ちを加速させる。


「どうした、毛利」
「話も済んだ事だ、我は安芸に戻るのみよ」
「さようか。道中気を付けよ」
「言われるまでもないわ」


刑部が掛ける労りの言葉をも一蹴し、毛利は背を向けこの場を去って行く。
その際に刹那だけ合った奴の目は何処までも冷静で、卑下されているかの様に感じてならなかった。
その背を射殺さんが如く凝視していると、足元座っていた刑部が小さく笑う声が聞こえた。


「刑部、」
「いやすまぬ、般若が背後に居るかと思うてな」
「…私はあの男が好かん」


初めて刑部の口から奴の名が出た時から気に喰わなかった。
刑部がやけに気軽にあの男と話す様に毎度苛立ちを覚えてきていたのだ。
奴を、毛利を私が好く様な事など天地が一変しても決してある筈がなかった。


「良い良い、好いていると思う方が余程おかしかろ。しかし喧嘩と殺し合いだけはしてくれるな、あれもぬしの盟主である故」


その言葉に更に自分の機嫌が急降下するのが客観的に分かった。
それは刑部も同じだったらしく、途端に喉を震わせていたのを止める。
しまった、と言わんばかりの表情で持っていた湯呑みを床板の上に置く様を見て直ぐ行動した。
逃げるつもりなのだろう。
だがそうはさせない。

刑部が輿を呼び寄せ逃げてしまう前に、背中から抱きすくめて拘束する。
少し体重を掛ければ簡単に崩れ落ちる上半身を捕え、華奢な肩口に顔を埋めた。
鼻孔に入る刑部の匂いに、より目の前の女に対する愛おしさと独占欲が増した。


「私はあの男が好かん」


刑部と面と向かい話すという事が。
刑部の視線が一時でもその男に注がれる事が。


「…私以外の者に笑い掛けるな」


その穏和で美しい微笑は私だけのものだ。
例え盟友相手であっても小姓であっても、決して向けられていいものではない。
刑部は恐らく無自覚であろう。
だからこそ、気付いて欲しいと思ったのだ。


「…さようか」


これからは気を付けよう、と返事を返すその声は普段よりも少し小さかった。
細い体躯に回した腕に、控えめに刑部の手が触れる。
包帯に巻かれた小さい両の掌が、優しく抱える様に自分の腕を添えたその所作がいじらしく感じた。
薄く目元に朱を浮かべる刑部に軽くその目尻に口付けを落とすと殊更顔が紅くなるのが口唇から伝わった。






























愛しのてふてふ
(要は、盟主である毛利に嫉妬しているのだと)
(その言葉にさえ動揺する貴様が、どうしようもなく愛おしく思った)







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