刀*語 二本目

□気紛れバケーション終
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「では、私はこれで」


一刻後。
所変わって真庭忍軍12頭領家屋の玄関前。
風呂敷に包まれた少ない荷物を、一週間前と同じ様に手に持って門前に佇む右衛門左衛門。
恭しく頭を下げて礼を述べる彼に、見送りに来た12頭領全員が寂寥を胸中に募らせた。


「有らず。感謝以外の言葉もない。色々と世話になった」
「ああ、我等の方こそ。おぬしには手間ばかり掛けさせたな」
「だぁー! もう帰っちまうのかよ! 早過ぎだっつーの!」
「だな。一週間なんてあっちゅう間だよなぁ」
「などけいなもでいなしが気な様た居いらく半年一けゃちっぶぁま」
「「いや、流石にそれはないだろ」」


最後の最後まで別れを渋る蝙蝠達。
突然放たれた蝙蝠の大声に続き川獺や白鷺も便乗する。
それに微苦笑を不忍が浮かべていると、まるで堪え切れなかったとでもいう様に他の頭領も一斉に右衛門左衛門を囲み、声を掛けた。



「本当に色々とありがとうねぇ、右衛門左衛門ちゃん!」

「またいつでも来て頂戴、待ってるからね」

「そうだぜ、気軽に寄ってくれよ!」

「ぬしのおかげで畑仕事が滞りなく進んだ、感謝する」

「僕も、薬草採取手伝って下さってありがとうございました」

「今度来る時は土産持って来てくれよ! きゃはきゃは!」

「奴いし々図…」

「だな」

「ああ、もう帰ってしまわれるのですか、暫く右衛門左衛門さんの麗しい姿を見る事が出来なくなるだなんて、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね…」

「おぬしには迷惑しか掛けた覚えがないがの…また顔でも見せに来てくれんか」



狂犬、鴛鴦、蝶々、蟷螂、蜜蜂、蝙蝠、白鷺、川獺、喰鮫、海亀、と。
一人一人の惜別の言葉に右衛門左衛門は頷いてみせる。
次々に投げ掛けられる言葉の末に、海亀が普段通りの飄々とした声色と、僅かに寂念の滲む表情を不忍に向けてみせた。


「皆が喜ぶでな」
「…断らず。ああ、必ずまた、」


微笑んで強く首肯すれば、おう、と優しく返される、微笑み。
歳相応の、子供達を思う老体の表情に右衛門左衛門は欣然を感じた。
気を置かずにこうして笑い掛けてくれるその態が嬉しく思った。

まるで本当の家族の様に。
自然に接してくる彼ら。
好きにならない筈がなかった。
以前にその命を狙い狙われた、しがらみさえも忘れて。


「え…え、右衛門左衛門、さま…!」


そして、特にこの小さな忍は。


「人鳥…」
「あ…あ、あの…あのあのあのあの…っ」


今の今まで口を開かなかった人鳥が声を上げる。
不安げに見上げてくる山吹色に右衛門左衛門は屈んでその言葉の続きを待った。
最も自身を慕っていてくれた少年。
実の子供の様に可愛らしい、愛おしい存在。


「い、今までお世話に、なりました」
「…肯んぜず、私の方こそ。お前には本当に沢山の世話になったな、人鳥」


隠れ鬼で交友を深め。
迷子になった処を捜して貰い。
手を繋ぎ、、笑い合い、親子の様に接した。
何と充実した時間。

人鳥の儚く悲しげな表情。
薄く水の膜が張る双眸に右衛門左衛門は口許だけの苦笑を浮かべた。
寂しくない筈がないのだ。
別れの言葉を口にするが辛く思う程に。

ゆっくりと、少年に手を伸ばす。
狭い片肩に手を置き、柔らかい髪にもう片方の手を置いた。
優しく撫でて、真っ直ぐに、その目に語り掛ける。
驚愕した様に見上げる人鳥に右衛門左衛門は微笑を向けた。


「また、共に買い物に行こう」
「…、……はい…」


その言葉に、声色に、表情に。
少年はくしゃり、と表情を歪めた。
それでも必死に泣くまいと、俯き口を噤み堪える。
小さくても忍として、男子として振る舞う人鳥に、右衛門左衛門は頭を撫でる手に愛情を込めた。

優しく笑って見守る頭領達。
嬉しげに、それでいてやはり寂しげに笑う鳳凰に、彼等は気付いてはいなかった。






























「―――…否まず。別に、とやかく言うつもりはないのだが、」


山の奥深く。
洋装仮面が出雲の三途神社へと向かう道中。
木々の合間を疾駆する中で、不意に速度を緩めて彼は口を開く。
後方で一緒になって駆けていた朱い忍が怪訝そうに右衛門左衛門を注視した。


「此処までついて来る必要はなかったのだぞ」
「何を言う、おぬしの帰路を見届けるのだぞ。我にとっては必要な事だ」


鳳凰が至極当然とでも言う様に豪語するので右衛門左衛門は思わず笑った。
真庭の里に別れを告げ、主を迎えに行く彼を見送りについて来た鳳凰。
そんな律儀な男に嬉しさを感じつつも、何処となく可笑しく感じてしまった。
不服そうに自らの夫の口端がへの字に歪んだ。

ふ、と。
その不機嫌な口許が穏やかに弧を描く。
微笑を湛えて右衛門左衛門の隣へとやって来る。
歩みを止めた不忍に向き直り、鳳凰は先程の――人鳥の惜別を見つめる微苦笑を彼に向けた。


「では、また暫くだな」


哀愁の篭る声音。
静かに、今度こそ別れの言葉が紡がれた。


「またいつでも来てくれて構わぬからな」
「……ああ」
「次回はおぬしのお姫様も連れて来たらどうだ」
「、…姫様を?」
「ああ。まぁ、一度命を狙った身である故、無理にとは言わぬが」
「………いや、」


鳳凰の思いがけない申し出に右衛門左衛門はかぶりを振る。
驚愕と同時に心中に染みる温かさを感じ、首を横に振ったのだ。

確かこの男にはその様な事は一言も言ってはいなかった筈。

真庭の里に居候に来た際に実感したものである。
大勢で食事が出来る事の新鮮さを。
不忍自身の主、否定姫も、その優しく温かな空気に触れて欲しいと。
賑やかな食卓を、ずっと独りであった彼女に感じて欲しいと切望した。
言葉にぜずとも表情に出ていたのであろうか。
こうして誘いの言葉を口にする鳳凰に、洋装仮面は欣然に微笑んだ。


「礼を言うぞ、鳳凰」


一週間前と同じ言葉を不忍は唇にのせる。
変に気を遣うのではなく、何ともなしに。
然り気無く声を掛けてくれる朱い忍を、彼は愛しく思った。

婉然と微笑む右衛門左衛門。
心底からの感謝の意に鳳凰は僅かに呆気に取られた。
胸を甘く痺れさす穏やかな声色。
だが別れの切なさを瞬時に募らせるそれに男は堪らなく思った。
ゆっくりと、自身よりも長身の赤髪の不忍に近寄り、背に腕を廻し抱き締める。
昨晩の様な、縋る様な懇願は鳳凰からは紡がれず。
彼は洋装仮面に、一週間前を彷彿とさせる台詞を嬉しげに囁いた。


「嬉しかったぞ、右衛門左衛門。おぬしが我を頼ってくれて」


耳元で甘く囁く声音。
柔和な吐息と共に放たれたそれに、抱き締められた不忍は微かに赤面した。
ほんのりと紅く、桃色に染まる頬。
それを鳳凰が気付く前、紅潮が耳にまで拡がる前に朱い忍は身じろぐ。
ふわりと仮面に隠されていない、白く薄い唇を自身のそれで掠めていった。



「―――…愛しているぞ、右衛門左衛門。また、会おう」
「…、ッ………」



静かに、離れていった鳳凰の口許が再び笑う。
驚いた様にはくはくと開閉する不忍の口唇が、不意にぎゅっと噤まれた。
白い肌に伝染していく薄紅。
羞恥と当惑が綯い交ぜになった様な右衛門左衛門の表情。
未だ消えない初心な反応に朱い忍は愛しく思った。
そして、出し抜けに背中にゆるゆると廻る細腕に。
抱き締め返す彼の精一杯の表現に抱擁は強まった。

感謝と、愛情を。
一心に伝える右衛門左衛門の小さな声を、忍は聞き逃しはしなかった。



「違わず。……私もだ、鳳凰」






























あしひきの山路越えむとする君を心に持ちて安けくもなし
(山路を越えて行こうとする貴方を、)
(心に抱き思って、心配でならないのです)







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