キリリク文

□旦那は見た!
1ページ/2ページ







「はぁーっ、疲れた」


真庭の里。
真庭忍軍12頭領等の住む家屋。
その玄関先。

丁度今先程任から帰って来た真庭蝶々。
肩を廻しながら履物を脱ぐ彼に、共に仕事を務め帰って来た鳳凰が相槌を打つ。


「あんまり鳳凰殿とは組んだ試しは無いけどよ。思いの外早く任が終わって助かったぜ。流石鳳凰殿だな」
「何を言う。蝶々、今回はおぬしの活躍が物言う任だったではないか」
「へへ、鳳凰殿程の実力者に言われると悪い気はしないな」


そんな他愛のない会話をしながら二人は廊下を歩き、居間へと向かう。
時は既に昼時になっていた為誰かしらは居るであろうと思っていた。
しかし予想に反して居間には誰も居ない。
はてと思う反面、まぁいつもの事かと納得してはやっと鳳凰と蝶々は一息付く。


「今茶でも淹れようかと思うんだけど、鳳凰殿もついでに要るかい?」
「そ、うだな。すまぬが、頼む」
「あいよ」


体格故にか二つ名故にか、軽やかな足取りで台所の方へと向かう蝶々。
それを見届けた鳳凰も何ともなしで縁側へ足を運ぶ。
本当に誰も居ない、と再び不審がっていた丁度その時である。
ぱたぱたと床を踏む音に咄嗟に振り向けば、慌てた様子で蝶々が戻ってきた。

それに鳳凰はますます首を傾げる。
何か見つけたのかと思わず問うてしまう程に。
それに対し少し昂奮気味の蝶々が、声を潜めて返事を返す。


「どうした、蝶々」
「鳳凰殿、ちょっと。ちょっと!」


早急に手招きをして蝶々は鳳凰を呼び立てる。
それに怪訝そうにするけれども、朱い忍には呼び掛けに応えない理由もない。
すんなりと蝶々の後を追い、気配を潜める彼に倣い静かに台所を覗き込んだ。


「―――…ほう。それで?」
「でさ、その時蝶々さんが…」


不意に視界に飛び込んできた二つの背中に顔には出さないまでも鳳凰は少し驚く。
何せそこに立っていたのは彼の嫁、そして蝶々の嫁でもある二人の忍だったのだから。
蝶々が鳳凰の眼下で落ち着かなくなっているのを見て、朱い男は間髪入れずにその訳に納得した。

台所に立つ二人の互いの嫁。
昼餉を作っているようで、まな板を包丁で叩く音を発しながら右衛門左衛門と鴛鴦は会話を続ける。
まるで旦那二人の気配には気付く様子もない。
恐らく話に夢中になっているのであろう。
自然鳳凰と蝶々は互いの顔を見合わせ、更に気配を抑え二人の話に耳を澄ました。


「その時、たまたま夕飯の準備がまだだったからね。今晩何が食べたいかって蝶々さんに聞いたのよ」
「ほう」
「そうしたら、蝶々さんたらお前が作るものなら何でもいいだなんて言って」
「そうか、それは…」


鴛鴦の惚気染みた言葉に相槌を打つ右衛門左衛門。
心なしか二人の声色が優しげで穏やかである。
それを聞いていた蝶々は照れた様に、且つとても嬉しそうに頬を掻いている。
余程鴛鴦が自身の事を語る様が嬉しかったのだろう。
微笑ましい、と鳳凰が口許に笑みを湛えると、右衛門左衛門が鴛鴦に対し言葉を返した。



「……それは面倒臭い旦那だな」



「!」
「…ッ……!!」


そうかそれは良い旦那だな、と。
そう返すに決まっていると思われた言葉は不忍の口からは欠片すら出ず。
存外あっさりと斬り捨てる様な感想に鳳凰と蝶々は驚愕した。
しかしそれを知ってか知らずか――とは言っても知らないのだが。
鴛鴦はこれまたあっさりとした調子で右衛門左衛門に首肯する。


「ねぇ? アンタも経験あるのかい?」
「昔に何回か、な。その度に苛々しては腹癒せに鶏の唐揚げを作ったりだとか」
「敢えて嫌いなもの作るとかね。アタシもよくやったよ」
「否まず。こちらは真剣に聞いているというのに、何でもいいなどと答えられると腹立たしくもなる」
「ああ、分かるわ。献立に困っているのにそんな事言われてもねぇ」
「聞かず。本当に何でもいいのならそんな事は聞く訳がないだろう」
「本当だよ。一体何考えてるんだろうね」


盛り上がる嫁同士の愚痴。
しかも共感しながらである為に何処か刺々しくも楽しげな雰囲気さえある。
そんな会話を聞きながら旦那である二人は背筋が凍る思いだった。

意気投合するのは良い事だ。
しかし二人の伴侶たる鳳凰と蝶々からすれば随分耳の痛い話である。
大して深く考えずに言っていた言葉がいけなかったらしい。
愛妻家だ、と自負していた二人にとってこれ程衝撃的な事実はないだろう。
未だ調理の手を止める事のない右衛門左衛門と鴛鴦。
土間の奥の敷居の向こう側で落ち込む鳳凰や蝶々を余所に、二人の会話は未だ続いた。


「でも…」
「うん?」
「いつも美味しそうに食べてくれるからいいんだけどね」
「…ああ、そうだな」


それは同感だ、と言って右衛門左衛門は鴛鴦を振り返る。
互いに顔を見合わせて小さく笑う二人を見て、鳳凰と蝶々は一瞬呆けた。
何だかんだ言っても愛妻家は愛妻家である。
それは二人の愛妻達が一番良く分かっている事で。

再び鳳凰と蝶々が顔を見合わせる。
談笑する二人の声を聞き、彼等もまた口端を歪めた。
右衛門左衛門と鴛鴦が二人の帰宅に気付くまで、夫達は暫くそこから離れなかった。





























旦那は見た!
(やっぱり愛されてるなぁ、俺達)
(ああ。そうだな)
(…でも今度から何食いたいか聞かれたらちゃんと答えないとな)
(それはそうだ、それで唐揚げなど出された日には敵わぬ)
(ほ、鳳凰殿、そんなに唐揚げ駄目なのか)
(駄目ではないが、鳥組指揮官として、真庭鳳凰として…思う処がない訳ではないのでな)
(そ、そっか)







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ