キリリク文

□What is called...
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「―――…それより蟷螂ちゃん、アンタ聞いてるかい?」


丁度思い出したかの様に話を変える狂犬。
仕事の話をしていた処での突然の事だった。
じっと彼女の話を聞いていた蟷螂もその内容にほんの僅かに目を見張る。


「もう直ぐ新しい『真庭蜜蜂』が就任っていうの」
「、それは…初耳だな」
「ありゃま、そうなのかい? アタシはてっきり知ってるモンだと思ってたけどね」


前任者が殉職して未だ時間のそうは経っていない内の話である。
真庭の重鎮の耳には流石に入ってはいたが、虫組の指揮官までには通ってはいなかったらしい。
当然といえば当然かもしれない。
今まで部下だった、或いは万が一だが、もっと下っ端だった忍から輩出した可能性があるのだから。
それ故に、逆に伝わり難い情報だったろう。
思いの寄らない場からの選出程、予測の付かないものはない。


「まぁ、その内アンタん所にも挨拶に来るでしょうよ」
「……そうか」


あっさりと会話を終わらせた狂犬。
彼女の様子から、蟷螂はその話が近い未来にあるものとは明確には認識していなかった。
話に食い下がる事もなく直ぐにまた仕事に戻る。

雑念を介さず任に専念する彼が、新頭領に会う事になったのはその約一週間後であった。

























およそ一週間後。
蟷螂は森の数多の木々の内の一本に凭れ掛かりながら考え事をしていた。

何故そんな曖昧な日付かといえば、それは蟷螂でさえもよく覚えていないからだ。
初めは狂犬と共に行っていた任。
それがとんだ長丁場になってしまい、途中魚組や鳥組などの助けを借りながら何とか終わりそう。
という、日を数えるのも惜しい、そんな多忙の中の事である。
流石の蟷螂もその様な些事には構っていられなかったのが現状だ。

故に、今日が任の最後の収拾という事になる。
最も慎重且つ抜かりなく熟さねばならぬこの仕事。
蟷螂もそれを充分承知の上で一人の忍を待っていた。
先日狂犬から話を聞かされていた新任の頭領を。


「―――…あの、すみません」


そんな控えめな声が不意に聞こえた。
気配を絶ったまま、足音もなく蟷螂の元へとやって来る声の主。
木々の合間から姿を現した忍を視認して、思わず蟷螂は目を見開いた。


「虫組指揮官の真庭蟷螂さん…ですよね?」
「……そうだ。ではぬしが新しい真庭蜜蜂と受け取って良いのだな?」
「はい。間違いありません」


鬱蒼と茂る木々の合間から現れた一人の青年。
長身痩躯に山吹色の縞が入った忍装束を着、黒い長髪を背中に流した細い風貌。
問い掛けてくる彼に、蟷螂は静かに聞き返した。

今回の、長かった仕事の最後に蟷螂は新任である蜜蜂と同行する事になった。
手の空いた頭領が居なかった訳ではなかっただろう。
無論頭領達の力を借りるまでの厄介事も残ってはいないが。
それでも彼が此処に来たというのは蟷螂にとって少し予想外であった。
話をしていた狂犬の計らいか、或いは鳳凰の判断なのか。
どちらにせよ、やはり蟷螂は驚いていた。


「―――…頭領になってからの任務は初めてですが、どうかよろしくお願いします」


まさか自分が彼に見惚れてしまうとは。

意識はしていない、殆ど無自覚である。
一目見たその時目を逸らせなかった。
少し俯き気味にしている蜜蜂を、不躾ながら凝視していた。

まず美丈夫だというのが如実に知れた。
線の細い長身に白い肌。
被り物で素顔は見えないが、端正な顔付きだと分かる容貌。
遠慮がちで気弱な印象の声音も耳に心地好い。
美しい、忍だと。
蟷螂は胸中でそう独り言ちていた。


「…こちらこそよろしく頼む。まぁ、今回は手間の掛からない後処理の様な任だ。気を軽くして臨んでくれていい」
「はい。分かりました」
「では、行くか」
「あ、あの、蟷螂さん…!」


頭を下げる蜜蜂に対し頷いてみせ、踵を返して歩き出す。
そんな蟷螂を呼び止める蜜蜂に、緑の忍は思わず立ち止まった。
怪訝そうに振り返り、青年を見遣って次の言葉を待つ。


「…どうした?」
「あの…不躾なんですけど、僕、ずっと蟷螂さんに憧れてて……!」
「…!」
「仕事も出来て頭脳明晰で…僕も蟷螂さんみたいに任が務められるようになりたいと思ってました」
「…………」
「まだ頭領になって未熟ですけど、蟷螂さんの足を引っ張る事だけはしませんので…!」


どうかよろしくお願いします、と。
もう一度頭を下げて挨拶を述べる蜜蜂に再び目を見張った。
まるで緊張した様に処々がしどろもどろで、相当焦りもあったのだろうか、白い筈の両頬も少し赤らんでいて。
必死になっている様が何処か可愛らしいと蟷螂は不意に思った。


「…ああ。私の方こそ、ぬしの手本となれるよう心掛けさせて貰う」


フッと口端を歪めるだけの笑み。
そんな微笑を湛え、蟷螂もまた蜜蜂に対し言葉を返す。
少し呆けた後に、再び控えめに笑みを浮かべる蜜蜂。
その柔和で真率な表情に、蟷螂は本日二度目の放心を体験する。

それがどの様な感情なのかという事を、今の蟷螂では自覚する由もなかったのである。






























What is called
one of the love at first sight.
(所謂一つの一目惚れ)






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