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□第六話・【日常と非日常】
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漆黒の毛並みに、稲妻を模したような傷跡が残ってしまった。
傷跡は赤い血の名残を残し、歩を進める度に激痛が走る。

彼女は何より「無様」、「醜態」などという言葉を嫌うひとだった。
だからこそ、今の自分の姿を見て彼女がどう思うかが不安で仕方がない。

ブラックテイルモンは、まだ日が昇りきっていない池袋の裏路地を這うように歩き続けた。
周囲は薄暗かった。
夜の面影を残した、早朝の池袋は春にも関わらず肌寒く、
その空気がブラックテイルモンの神経に語りかけているように思えた。

おまえは無様に負けたのだ、と。

負けた・・・

まさか、あんなところで奴らに出くわすなんて。
計算外以外の何物でもない。

「ブラックテイルモン。」

ブラックテイルモンの耳に、聞きなれた流麗な声が届いた。

振り返ってそこにいたのは、自分のテイマーである少女の姿。
「ミク様・・・。」
少女の名を力無く呼ぶと、少女はわずかに微笑みを浮かべながら
ブラックテイルモンにそっと近づいてきた。

少女の腰まで届く、長く、柔らかい髪が朝の風になびいた。
白く透き通った肌、細く長い指、整った顔立ち。
大きく、はっきりとした目元が彼女の容姿をさらに引き立てている。
「負けたのですね。」
ミクと呼ばれた少女はブラックテイルモンから一歩距離を置き、
そこで立ち止まった。
決してブラックテイルモンには触れようとせず、微笑みを崩さないまま、
ただパートナーを見下ろしている。
それに対して何も答えられないブラックテイルモンは、ゆっくりと頭を縦に振ったのだった。
「貴方が負けるなんて珍しいですわね。可哀想に。こんなに傷だらけになって。」
ミクの言葉は優しく、心地よく聞こえるが、
その手は決してブラックテイルモンに差し伸べられることはなかった。
「早く傷を治しなさいな。洗濯物も山ほど溜まっているし、今週はまだ掃除もしていませんでしょう?」
「申し訳ございません・・・私が不甲斐ないばかりに・・・。」
ミクはブラックテイルモンの傷よりも、先に家の心配。
最早それも、いつものこと、と軽く流せるくらいにはなった。
しかし、羽山はいつもミクに言っていた。

『いい加減にブラックテイルモンに家事ばかりさせるのはやめなさい。
彼女は君のパートナーであり、家政婦ではありません。』

ミクは仕事と学校の忙しさにかまけてまったく家事をしない。
専ら家事をしない本当の理由は「服が汚れるのが嫌だから」・・・らしいのだが。
故に、戦いの場にもあまり赴くことはない。
ブラックテイルモンと共に戦いに出ればどこかしら服や体が汚れてしまうから嫌だとか。
彼女の職業故だろうか。
テイマーズトレーディングカンパニー副社長という肩書きよりも、
テイマーとしての自分よりも、一番大切なのはカリスマモデルとしての自分なのだろうか。

青天美玖は韓国出身の、現在最も注目されているモデルの一人だった。
その美貌、気品は17歳の少女のそれとは思えないものである。
メディアではそう言われているものの、家に帰れば作られた仮面はひっぺがされ、
ただのだらしない小娘に戻ってしまう。
喋り方が丁寧なのは、自分の美的感覚が狂わないようにするためだ、という。
だったら掃除や洗濯くらい自分でやって、もっと違う意味で美的感覚を磨いて欲しい・・・
などと、ブラックテイルモンにはとてもではないが言えない。
彼女の微笑みや、柔らかい言葉使いには、何か有無を言わせぬ重圧を感じるのだ。

・・・それは、彼女と出会ったあの日から、ずっと感じてはいたけれど。

「・・・まぁ、いいですわ。早く家にお戻りなさい。羽山さんに言われた事務処理もできてませんの。」
美玖は身を翻し、ブラックテイルモンに言った。

ついには社長秘書までやらされるのだろうか?

「早くお行きなさい。私はこれからお仕事ですから。」

ブラックテイルモンを振り返りもせず、美玖は足早に去って行った。

彼女はいつもそう。
だけど、何も言わずに、ここまで来てくれるだけ、マシなのだろうか。

何故彼女と一緒にいるのか、などと考えたこともないブラックテイルモンは、
言われた通り、自宅であるマンションを目指して歩き出した。
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