ある日の…。序章。 シェイルからの手紙

□ある日の…。序章。 シェイルからの手紙
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 ローランデは羊皮紙から顔を上げ、吐息を吐き出した。
近衛を辞職し、この北領地[シェンダー・ラーデン]に護衛連隊長として就任する為戻って来たのはたったの十日前。
北領地[シェンダー・ラーデン]大公で護衛連隊長である父は、就任間も無いのに十分な引き継ぎもせず、すまない。と言うのを振り切って
「大丈夫ですから。
母様に付き添ってあげて下さい」
と母の居る中央テールズキース南部の療養所へと父を送り出し、毎日慌ただしい時を過ごし、忙殺されていた。
父が居た頃あれ程礼儀正しかった護衛連隊騎士達は、自分と相対すると途端、中肉中背で軟弱で優しげな風貌だ。と自分を目前に嗤った。
長(おさ)に値(あたい)しなければ、引きずり下ろしてやる。
猛禽のような瞳で皆そう、語っていた。
恒例の就任挨拶は、剣の練習試合だった。
手荒い猛者達が出迎える、地方護衛連隊特有の荒っぽい歓迎。
だがこれで長たる実力を示せなければ程なく、彼らが認め従う“強き者”に、取って代わられる。
父もこの歓迎を乗り越えたし、自分にもそうあるべき。と、幼い頃から心を砕き、その腕が劣らぬように。と幾人もの優秀な剣の講師を付けてくれていたし時には自身で剣を取り、相手にも成ってくれた。
父と触れあう時間の殆どが剣を交えていたか、もしくは父の仕事に付き添い、北領地[シェンダー・ラーデン]を中を父と護衛連隊騎士達と共に、領地見回りの旅に出ていた。
交える父の剣先から、息子を思う情愛が痛い程感じられ、普段穏やかで優しい父が厳しければ厳しい程、世間の壁はそれ程厚く、高いのか。と、歯を喰い縛り、父の情けに報いようと必死で剣を振り続けた。
その甲斐あってか、教練(王立軍事訓練校)でも最上級のカリスマと呼ばれた現左将軍のディアヴォロスと、入学したてで学校一の座を、争う程の腕前と成った。
だから…。
護衛連隊の猛者等、今世紀最強と詠われた剣士、ディアヴォロスに比べればまるで訓練を受けていない夜盗のように、簡単にあしらえた。
剣を振り終わって見据えると、猛者達の目は驚愕に見開かれ、その居ずまいを正し一斉に礼儀正しく、そして父同様自分に敬意を払うようになったしその後、誰一人として自分の容姿を女にだけ受けのいい、柔なツラの坊ちゃん。と嗤う者は出なかった。
やっと父の、期待に応えられた…!
全てはこの日の為の、修練だった。
椅子に頭を上げ、目を閉じて掛けていると、雪深い真冬ですら休まず剣を振り続けた毎日が思い出され、それが報いられて安堵する。
が、中央テールズキース南の療養所に居る母の容態は芳しくない。
父が護衛連隊長の地位を自分に譲り、療養所迄駆け付けたのはそのせいだった。
…本当は自分も、飛んで行きたかった!
優しい青の瞳。いつも少し青冷めやつれた、けれどとても優しいお方。
母の事を思うと胸が締め付けられる程悲しい。
護衛連隊長の責務を果たす為、北領地[シェンダー・ラーデン]に居続けなければならない父にいつも付き従い、が彼女の健康を願わなかった日は、一日として無い。
飛んで行って…その膝に顔を埋め、つぶやきたかった。
「私は立派にやっていますからどうか…どうかお願いです。逝って…しまわないでください」
そう………。
幸い、父が母の元で看病を始めてから、母の容態はみるみる内に回復に向かったと………。
ローランデはその書状を受け取った時つい、口元を手で、押さえて崩れそうに安堵した。が、部下の手前だった。
必死で自分の泣き出しそうな感情を抑え、極力冷静さを保ち、無表情を作り、指示を伝えた。
父の腹心、副隊長デズモンは頼りに成る男で、長と認められた今、隊の全ては彼に任せておけば安心だった。
だから…毎日、忙しく報告を受け指示を送るさ中、窓の外を見ていた。
母に…彼女に会いたい。と、そればかり考えながら…。
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