翡翠専用ブック

□あめあめふれふれ。
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ざぁざぁ
校舎に力強く打つ雨の音。窓を見れば濁った空があって。

「はぁ。」

思わず溜息をつく。
傘にバツンバツンと当たる雨は好きだけど、それは傘があるからこそできるもの。
傘がなければ大雨ほど嫌いなものはない。

今日は大雨が嫌いな日。
なんで傘持ってこなかったのか。いくら後悔したって終わった時間は戻らない。

もう一度深い溜息を吐いて止む気配のない雨の方へ向かう。

上履きを下駄箱の中に入れて外履きを出す。しかもよりによってスニーカー。
このスニーカー気に入ってたのにな。

買ったばかりで、薄暗い昇降口に目立つ白。家に着いたころには泥んこなんだろうな…。
本日何回目か分からない溜息が出た。

靴を履き替えて重いドアを引き開ける。
思ったより風が強くて気温も低い。

風と共に突き刺さる雨が痛い。思わず開けたドアを閉める。

そういえばカバンの中にアメが入ってたな…とフイと思い出す。
ガサガサと肩掛けのカバンを漁るとイチゴ味の大粒のアメが一つだけあった。

覚悟を決めたかのようにアメの袋を破って口の中に放り込む。
甘いアメが口の熱で溶け出す。

「よしっ」

雨の中に飛び出す。
その瞬間、腕を誰かに掴まれ危うく転びそうになる。

「うわっ。」

間抜けな声を出して反射的に掴まれた手を掴み返してしまう。口からアメが出そうになったよ…。

「何してんだよ。」

少し呆れの入った声。その声に聞き覚えがある。黄色の髪の毛。

「藤、」

グイッと手を引かれて体勢を整える。

「もう、びっくりしたよ。」

手を引いたのは同じクラスの藤麓介。家が近かったこともあり昔から仲が良い。

「お前、傘持ってねェの?」

藤の言葉に私は傘のない両手を藤に見せる。

残念、持ってないから雨の中帰ろうとしたんじゃないか。

「お前もかよ」

〔もかよ〕ってことは…

「藤も傘無いの?」

まぁ姿を見れば傘を持っていないことは分かるけどね。

でも意外。傘とかそーいうのはあんまり忘れないんだけどな。
確かお家の人が無理やり持たせてるんだっけ…。

「お前、どうすんの?」

「止む気配、全然ないし、雨に打たれて帰るよ。」

空を見上げれば、濁った空が延々と続いている。
そして雲から藤の顔へ視線を動かす。

「藤はどうするの?」

少し、間があったけど迷いの無い藤の声が返ってきた。

「俺も帰る。」

藤はそう言うと雨の中に入っていった。
藤の黄色の髪から流れる雨が顔を伝う。
ここまで雨が似合う男なんているのかな。
これを[水も滴る良い男]って言うんだよね…。
ボーっと見とれていたら急に藤が叫んだ。

「何やってんだ、早く帰んぞ!」

「あ、うん!」

バシャッと足に水が跳ねた。

少し待っててくれた藤の隣に並ぶ。

無音のまま歩く。
ほんの少しだけ風と雨がおさまっていた。それでも、まだ身体を叩く雨は痛い。

「お前、アメ舐めてる?」

「うん。舐めてるよ。」

1pぐらいの大きさになったアメを舌の上に置いて藤に見せる。

「あ〜腹減った。もうアメ無いの?」

そういえば今舐めてるアメは最後の一粒だった。

「ごめん、これで最後…。」

「食べたい。って言ったら?」

藤は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
ずくんと胸の奥が鳴った。

[あげる]も[あげない]も彼の耳には届かないのは分かってる。

そして近づく顔に抗えない私が居るのも分かってる。

私、藤が好きなんだなぁ。
そんなことを思いながら降ってきた藤の唇。

温かい藤の舌が私の舌のアメを掬っていく。
離れていく直前ペロリと唇を一舐めされた。

離れた藤の顔はすごく格好良かった。なんてか色っぽい?

「甘い。」

呟いた彼はとても楽しそう。

「顔、真っ赤。」

私を指差しニヤリと笑った藤。
なんか恥ずかしくなって冷えた手を頬に押し付けて下を向く。

「じゃあ、俺こっから道違うから。」

そう言うと藤は背を向けて帰ってしまった。

名残惜しさを残す唇に一度だけ私は触れた。


あめあめふれふれ。
唇がジンジンと熱を持っていた。

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