その場所への扉を開くと冷たい空気が頬を撫でた。寒さを和らげるのは繋いだ手の温もり。まるで地獄に続くかのような暗い螺旋階段を一歩一歩慎重に降りて行く。

そうして辿りついた場所。沢山の本に囲まれた部屋を抜けたその先。クラウドはバッツの手を離し、空っぽのビーカーに触れた。
隣には割れたまま放置されたビーカー。ソレを見たクラウドの視線が僅かに和らぐ。ホッと吐息を吐くと背後から回されたバッツの腕。背に感じるその温もりに身を委ね、懐かしむ様に瞳を閉じる。

「本当は、俺もこの中にいる筈だった。」

今でも鮮明に蘇る「あの時」の自分。
何も出来ずザックスを失い、自らを彼と重ね偽りの自分を演じ。エアリスを見殺しにした。セフィロスの人形だった。

「クラウド」

クラウドを包むバッツの腕の力が強くなる。

「ごめんバッツ。ちょっとだけ…ちょっとでいいから一人にしてくれないか?」
「駄目。」
「バッツ‥」
「一人にしたら、クラウド辛いだろう?頼ってよ、俺のこと…」

静かなその場所。聞こえるのはお互いの息遣い、鼓動。伝わるのは優しい温もり。辛い、悲しい、消し去りたい場所。悪夢の始まり。
傷付き、拒絶していた。全て無くなってしまえばよいと思っていた。それら全てが今。ゆっくりと癒されていく。

「…もう、大丈夫。」

そっとバッツの顔を振り返りクラウドは笑みを零す。
その表情に悲痛な色はなく、バッツはニッコリと笑うとクラウドの手を引き歩きだした。

「それじゃあ、外で弁当食おう!クラウドの好きな物目いっぱい詰め込んだんだぜ?!」
「うん」

クラウドはその場所を振り返ることなく歩き出す。今はただ、前に進むだけ。


** *** **





町に戻ると神羅の人間らしき者達が慌ただしく町中を動き回っていた。

「あんたら、タークスかい?」
「そうだけど?」

町の人間に扮しているらしい、科学部門の研究員がバッツの姿に気付き駆け寄ってきた。

「ザックス達がもうすぐ来るらしい。あぁ‥アイツは私を許しはしないだろうに…」
「おっさん、落ち着けって!」
「私は反対したんだ!博士の行動はあまりにも悲人道的だと!!」
「どういうことだ?」

男の眼前にクラウドの剣が閃く。男はその場に座り込み、祈るような姿でバッツとクラウドを見上げる。

「私にも家族がいるんだ。この村で、ようやく普通の暮らしができるようになった。頼む、どうか私達を守ってくれ!」

今にも泣き出さんばかりの勢いで叫ぶ男。周囲を見渡すと、先程迄平凡な村を装っていた人々は、心なしか脅えているようにも見える。

「ザックスは村を滅ぼしたり、そんなことしない」
「だが彼はこの村から逃げ出した時、神羅の人間を何人も殺した!」

恐怖で我を失っているのだろう。男はカタカタと震えながら地面に突っ伏し動かない。

「なあ、クラウド。」
「うん?」
「クラウドは嫌かも知れないけど、俺はクラウドがいない五年間。神羅に世話になった。」

バッツの言葉に、クラウドは彼が言わんとしていることを察した。
かつての自分だったら決して頷くことはなかっただろう。だが、『今』は『過去』とは違う。新しい道筋の上にいる。

「うん」
「一応まだシャインッてやつだし、それなりに働かないといけないんだ。」
「シャインじゃなくて、社員な?」
「そうそう、それ!‥で、クラウドも手伝ってくれるか?」
「バッツがやるなら」
「じゃあ、弁当食べながら待とうか?」

そうして二人は村の中心部。給水塔に向けて歩き始めた。


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