相手にしてもらえないって、分かってた。
だから、余計に悔しかったんだ。
「おい、総悟。飯食ったならさっさと風呂入って寝ろ。」
夕飯を食べて、ぼーっとしていると、アイツがやってきて言った。
「ふん。」
俺はそいつの横をスッと通り過ぎた。
「…んのクソガキ…!!」
後ろで勝手にキレているのは、土方十四郎。
俺より年上で、クソうるさい。
言っとくけど、この道場では俺の方が先輩なんだからな。
「敬えよ、土方…。」
ぶつぶつ言いながら風呂場に向かう途中、近藤さんを見つけたので、一緒に入ることになった。
「総悟は大きくなったなー。前はあんなに小さくて、俺の後ろをちょろちょろくっついてきてたってーのに。」
「そうでしたっけ。」
「冷たっ!」
だだっ広い風呂場に、俺と近藤さんの声が響く。
「夜中、厠に行くのが怖くて俺を頼ってきてたじゃねぇか。あんときは確か、トシにも頼んでたよなー。」
「近藤さん、記憶から消してくだせェ。」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃねぇか。お前もまだまだ子供なんだから、困ったことがあれば何でも言えよ?」
ニカッと笑みを浮かべると、近藤さんは先に脱衣所にあがっていった。
「…もう14だってーの。」
俺はいつだってガキ扱い。
近藤さんからも、土方さんからも。
――――…
「おい、どけよ土方。」
「あ?」
昼間、縁側に寝転がっている土方さんに一蹴りいれると、首根っこを掴まれた。
「放しやがれ!」
「てめーはなんでそう突っかかってくんだよ。邪魔だから近藤さんのとこにでも行ってろ。」
ぽいっと俺を投げ出すと、土方さんは再び寝転がった。
するとそこに、他の門下生が来て、土方さんを取り囲んだ。
「土方、俺たちに剣の指導を頼むよ。」
「俺らもオメーみてぇに強くなりてぇんだ。」
こうやって土方さんに稽古を志願する者は少なくない。
「あー?別に強くなんかねぇよ。」
「謙遜すんなよ。オメーにそんなんは似合わねぇ。」
「どういう意味だ。」
「そのまんまの意味だ。」
「「「ははははっ!!」」」
楽しそうな笑い声。
アイツも、楽しそうに笑う。
俺には、あんな風に笑ってはくれない。
………。
あれ?
俺今何て…。
俺は、アイツに笑いかけてほしいのか…?
相手にされていないことは不服だった。
だけど、笑ってほしいだなんて…。
なんでこんな気持ちになるんでィ…。
――――…
「総悟、今日は片付け当番だろ。」
「あー?」
テレビの前で寝転んでいると、襖が開いて土方さんが言った。
ここでは当番制で、飯の支度やら片付けやらをする。
「わーってますよ。後でしまさァ。」
「オメーはいつもそう言って、全然しねじゃねえか!」
あーうるせ。
「分かりましたよ。やればいいんだろ、土方コノヤロー。」
俺は重たい体を起こし、台所へと向かった。
後ろでぎゃあぎゃあとアイツが喚いてたけど。
流し場には、洗い物が山盛りになっていた。
「これだからやる気失せるんでィ。」
うだうだ言ってても仕方がないので、俺はひとつひとつ洗い始めた。
「あー、めんど。」
「そう思っても、みんなやってんだよ。」
いきなり声がしたかと思うと、隣には土方さんが。
「…っ。…なんだ、また、あんたですかィ。」
どくどく鳴ってる心臓を必死に抑える。
「ちょっと水飲みにな。」
「そのコップ、自分で洗えよ。」
「冷てぇなァ、お前は。」
知るか。
黙々と洗う俺を見兼ねて、土方さんはため息を吐いて手を出してきた。
「ほら、洗ったやつよこせ。すすいでやっから。」
「別に…」
別にいい、と言う前に、土方さんは食器をすすぎ始めた。
「礼なんか言わねぇかんな。」
「へーへー。」
「……。」
やっぱり大人。
俺がひとりで喚いているうちに、涼しい顔して先を行ってしまう。
土方さんは、やっぱり、大人だ。
いや、俺がガキなだけ。
もう大人だとか、いっちょまえに言っといて、礼のひとつも言えねぇんだから。
山盛りだった食器も、いつの間にか最後のひとつになっていた。
「これで終わりか。」
そう、最後の茶碗に手を伸ばしたその瞬間、
「――――ッッ!!」
パリーンッッ!!
俺の手に土方さんの手が触れた。
「大丈夫か!?ケガは!?」
いつものポーカーフェイスではなく、そこにあるのは必死そうな顔だった。
「だ…大丈夫でさ…。」
割れた茶碗の破片を集めようと指を伸ばす。
「痛っ。」
指先から鮮血が溢れだした。
「お前はどいてろ。俺が片付けとくから。」
ゆっくりと破片を拾い上げる土方さん。
「すいやせん…。」
俺はそこにいられなくて、速足で自分の部屋に戻った。
「こんなんじゃあ…相手にしてもらえるわけねぇよな…。」
――――…
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