「次、高杉晋助。」

俺は呼ばれるままに奥の部屋へと進み、横になる。


「プログラム開始。」


次の瞬間、強い刺激が頭を襲った。




















「全員起床!!」

荒々しい声が部屋全体に響き渡った。

その瞬間、男たちは飛び起きて朝の支度を始める。


ここは攘夷志士の本拠地であり、厳しい規律によって統制されている。

そこには坂田銀時、高杉晋助、桂小太郎、坂本辰馬もいた。


「まーだ眠ィのによォ…。」

頭をわしゃわしゃと掻きながら、俺の前を歩く銀時。


「静かにしろ!朝礼を始める。」

幹部の声で、その場は静まり返った。

「昨日、我々攘夷幹部の会議を行った。そこで、新しい政策をすることが決まった。」


新しい政策?

何をする気だ。

俺は次の言葉を待った。


「お前たちには、以前から遊郭通いの禁止を命じていた。だが、最近はその命令に背くものが出始めた。」


攘夷志士は男の園。

女に飢え、遊郭に出向く男は数知れず。

しかし、それは規律を乱す行為とされ、厳重に禁止されていた。

禁を犯した者は、即切腹。

だが、そうしてまでも安らぎを求めるものは後を絶たなかった。


戦の状況が厳しくなった今、幹部は新しい政策に出たというわけだ。


「今から、お前たちの頭にプログラミングを行う。」

言っている意味が分からず、志士たちは首をかしげる。


「いいか、よく聞け。そのプログラム内容は、心臓の破裂。お前たちが性的行為を行うと、脳からの信号を感知して、プログラムが作動する仕組みになっている。いわゆる、お前たちの監視役だ。」


その瞬間、一気にざわめきが起こった。


「自分が自分を監視する、画期的な政策だ。お前たちに拒否権はない。それが嫌なら…自害しろ。」

どっちにしろ、死ねと言っているようなものだ。


そして、最後の言葉を放った。

「そうだ、性的行為とは性行為はもちろん、接吻もだ。」



混乱する志士の中、銀時と視線が絡んだ。



――――…


「大丈夫か?」

俺を上から覗き込んでいるのは、ロン毛のヅラ。

「…ああ…。」

俺は布団からゆっくりと体を起こした。

あれから全員否応なく脳にプログラミングをされた。


まだ頭の奥がズキズキと痛む。


「高杉、辛いか?」

ふわっと俺の隣に現れたのは銀時だった。

「ああ…まだ少し…。」


「なーんかいきなり頭にビリビリッときたよな。」

「そんな可愛いもんじゃねぇだろ。」


本当に頭が割れるかと思った。


「あ、ヅラ俺にも茶ァくれ。」

「ヅラじゃない、桂だ。銀時、何度言わせるのだ。」


銀時…。

お前もプログラムされちまったんだよな。


俺は情けない顔を見られないように、布団に顔を埋めた。


もう、その唇に触れることも、その体に抱かれることもない。


この体は、己によって監視されているのだから。



――――…


「辛い…。辛すぎるッッ!!」

風呂あがりで濡れた髪の毛を、ぶんぶん振り回しながら暴れているのは辰馬。

遊郭の常連だった辰馬にとっては、相当なダメージな様子。


「あぁ…ワシの楽しみが…。どうしてくれるんじゃーッッ!!」

「うるせぇ。」


ゴンッ。

俺は辰馬の顔面に拳をお見舞いした。


「冷たいのう、高杉は。まぁ、女を知らんガキにはこの辛さは分からんき。」


男を知らないお前に言われたかねぇよ。

内心ツッコミをいれながら、俺は横になった。


「あ、こら高杉。さっさと風呂に入ってこい。貴様は横になるとすぐに寝入るからな。」

「あー。」

お前は俺の母親か。


「ん、そうだ。銀時、高杉を連れて風呂に入ってこい。高杉がなかなか言うことを聞かなくてな。」

その言葉に俺は目を開いた。

「あー、いいけど…」

「いい、自分で入れる。……銀時は来るな。」


銀時の言葉を遮り、俺は風呂場に向かった。

悪ィな…銀時。

でも俺、お前の裸見て平常心でいられるほど、器用じゃねェんだ。


あれから、何かと銀時を避けるようになっていた。

銀時といると、心が乱れる。

触れたくなる。


気持ちのタガが外れてしまいそうで、怖い。


どうして、こんな時代に生まれたんだろうか。

もっと平和な世の中だったら、こんなに苦しまずに済んだ。

戦争も何もない世界で、銀時と…。



風呂をあがり、部屋に戻るとヅラはグーグーと寝息を立てて眠っていた。

コイツ…。

俺が真剣に悩んでるときにテメェは涎垂らして呑気じゃねぇかコラ。


一発蹴りを入れてやろうか思っていると、トントンと肩を叩かれた。

振り向くと、酒を片手に辰馬がいた。


「一杯付きおうてくれんか?」


辰馬と部屋を出て、縁側へ腰を掛けた。


「ほれ。」

酒が入ったお猪口を差し出される。

俺は無言で一気に飲み干した。

空になった器に、また酒を注いでくれる辰馬。


「銀時は、風呂に行ったきに。」

「…そうか。」


静かな夜。

虫のさえずりさえも聞こえない。


「なぁ、高杉。おまんはこの世を変えたいがか?」

「…ああ。先生を奪ったこの、腐った世界を、変えたい。」

「…そうか。」


なぜ、そのようなことを聞くのか不思議に思っていると、辰馬が口を開いた。


「高杉。本当はおまんらが一番苦しんどるっちゅーことは知っとる。あの政策が進んでから、おまんの金時への態度もよそよそしいきに。逆に、金時も…おまんを見る目が辛そうじゃ。」


「おま…知って…?」

俺たちの関係を知っているのはヅラだけだと思っていた。

「おんしらを見とればすぐ分かる。だてに遊郭通いしとらんぜよ。」

「いや、遊郭はカンケーねぇだろ。」


「あっはっはー。」


はぁ…。

結局何が言いてぇんだ?


「ま、とにかく、戦争が終わればプログラムも消去してもらえるようじゃき、それまで一緒に頑張るぜよ!!」

にこにこして俺を見る辰馬。


…は?


「え、戦争終わったらプログラム消えんのか?」

「もちろんじゃ!さっき説明あったろー。」

「…。」


俺は動揺しすぎて、最後まで話を聞いていなかったようだ。

「まっこと高杉は可愛いのー。」

「う、うるせえ!!」


酒を一気に飲み干し、そっぽを向いた。


そうか…。

戦争が終われば、また前みたいに銀時と…。



――――…


あれから数週間。

戦争は一向に終わる気配はなく、むしろ状況は悪化しているように見えた。


「今日も厳しかったな。」

激しい戦で疲れ果てた志士たちは、精神的にも追いつめられていた。


拠点に戻ると、俺は幾人もの中から、銀時を探した。

しばらく辺りを見回していると、見慣れた銀髪が目に入った。


「銀時。」

俺は銀時に駆け寄り、名前を呼ぶ。

振り向いた銀時は返り血を浴び、真っ赤に染まっていた。


「…早く流そう。」

俺は銀時の手を引き、風呂場まで歩いた。

脱衣所につくと、銀時は手際よく服を脱ぎ、浴室に入る。

ドアは開けっ放し。


俺も入れということなのか。

そんなことを考えていると、シャワーの蛇口がひねられ、ふわふわな銀髪をぐっしょりと濡らした。


それと同時に広がる、生々しい臭い。

浴室は血の臭いで充満した。


それによく見ると、銀時の背中には、いくつかの生傷がついている。

ついさっき斬られたのか。


俺は服を着たまま、無意識に銀時へ歩み寄った。


そしてそのまま背中に顔をうずめた。


「高杉…。」

銀時は洗っていた手をだらんと下ろし、俺の名前を呼んだ。

目の前にある生傷は、遠くで見るより深かった。


未だに流れ続ける血液。

舌を伸ばし、傷口を舐める。


「…ぅッッ。」

銀時は小さな呻き声を上げただけで、何も言わなかった。


今、俺の体に銀時の血液が入ってきている。


そう思うだけで、とても嬉しくなった。


しかし、溢れる涙を止めることはできなかった。


「高杉…。変えよう、この世界を。」



――――…


激しい戦は何日も続いた。

なんだかんだで賑やかだった拠点も、今では静まり返っている。


志士たちの元気が無くなってきていることもあるが、それ以上に、戦死した者が多すぎたのだ。


恐らくこの戦に勝ち目は、無い。

それでも、今日も戦場に向かう。

世界の、戦友の、家族の、為に。


俺は敵に向かい、一心不乱に剣を振るった。

次々と倒れていく天人。

しかし、多勢に無勢。


俺はすでに、背中に深手を負っていた。

「高杉っ、死ぬなよっ!!」

剣を振るいながら、横でヅラが言う。


「はっ、テメーもな!!」

俺は負けじと敵にぶつかり、なぎ倒す。


しかし、次の瞬間、左目に焼けるような痛みが襲った。


「ッッ!!」

俺はバランスを崩し、その場に倒れこんだ。

振り上げられる刀。


もうここまでか。


諦めかけたその時、俺の前に何かが立ちふさがった。


ズブッ。


鈍い音とともに、俺の上に何かが倒れこむ。


顔にかかる長い黒髪。


「ヅ…ヅラ…ッッ!!」


俺を庇って貫かれたのは、ヅラだった。


口から血を流し、俺を見る目はうつろ。


「…あいつを…ひとりに…する…な…。」


そう口を動かすと、ヅラの目から光が消えた。


「うっ…うああああああああああああああッッ!!」


それからはほとんど記憶がない。

無我夢中で斬った。


覚えているのは、曇天と朱。


気が付くと、立っているのは俺だけになっていた。


『…あいつを…ひとりに…する…な…。』


「銀時…。」


俺はもう使い物にならない足を引きずって、銀時を探した。

だめだ…意識がもうろうとする…。


しかし、片目だけの視界がぼやける中、わずかに銀色に光った気がした。

「ぎ…ん…。」

精一杯の力を振り絞って、光の方へと進む。


重なる屍をなんとかどかすと、愛しい人の肢体が現れた。


「銀時…、銀時…。」

体を何度か揺すると、銀時は目を開けた。


「…た…か…す…。」

生きているのが不思議なくらい、銀時は虫の息だった。


「ぎん…とき…。」

もう体の感覚がないのだろう。

目を動かすのが精一杯のようだった。


ふと、銀時の視線が俺から外れたので、その方を見ると、変わり果てた姿で、辰馬が死んでいた。

昨日まで、酒だ女だ騒いでいたくせにあっさりやられやがって。


「ヅラも…死んだ…。」

残っている右目から、ぽたぽたと涙がこぼれた。

左目からはずっと血やら汁やら流れていたので、涙かどうかも分からない。


そんな俺を見て、銀時も涙を流した。


「…た…か…すぎ…。…キス…し…よ…。」

「キス…?」


すると、ふっと銀時が笑った。


「…ずっ…と……が…まん…して…た…。」








先生、ごめんなさい。







世界は変えられない。










赤い瞳が閉じる前に、俺たちは口づけを交わした。




心臓が一際強く脈を打った。



END.



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