SHORT NOVEL

□毒のない曼珠沙華
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毒のない曼珠沙華



「でか……」

とりあえずキラはこれから自分が奉仕する男娼廓を見てそう呟いた。
両親が流行病で急死し妹は遊廓に売られ、そして自分も見た目の良さからか、ここらでは珍しくない男娼廓に売られる事になった。
正直生きるのにはかなり困っていたしここで住み込んで働けるのならば文句はない。ただちょっと怖いだけで。


新入りのキラは廓の雑用係として働く事になった。だから源氏名だとかそんな妓名なんてもらえない。
何もわからないキラの面倒をみているニコルはとても良い先輩でキラはすぐにこの仕事に慣れた。



ある日の朝、キラはニコルと共に裏庭でこの遊廓いっぱいの洗濯物を干していた。
遊廓故に朝の店仕舞いしたこの場はやけにやつれた雰囲気を醸し出している。よくわからないのだか、枕元を共にした華やかなる辻君達はこれから眠りにつくのだろうか。

「叩きを探してきますね。」

ニコルがそう言って外し、キラは一人で洗濯物を干し続けた。
太糸に垂れ下がる豪奢な衣装は金糸や銀糸で繕われた深紅や瑠璃や山藍摺。
今自分が着ている色褪せた麻の着物とは月に鼈だ。
これを着て客の相手をする辻君はどんな気持ちでこれを与えられ着飾るのか。
そう考えながらふと、目線をずらす。



その時、翡翠の瞳と目があった。




遊廓の壁についている小さな黒い格子窓。そこから腕にのせた顔はキラの方を向いていて。深紅の豪奢な着物が無造作に投げ出した白い腕に絡まっている。
乱れた髪が腕に伏せて隠れている顔をより一層隠していて、そこから見えるのはキラを見据えるただ一つのもの。

深淵な湖、碧の瞳。

「──…」

あまりの深さにキラは息もする事も忘れ立ちつくした。

ふと、その瞳が笑った。
その時、

「キラ、叩きありました!」

ニコルの声が聞こえ、反射的に振り向く。
叩きを持ちこちらに向かってくるニコルが見えた。
そしてまた顔を戻す。

「ぁ……」

瞳に写ったのは黒く塗られた格子窓だけだった。




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