SHORT NOVEL

□どうしようもない話
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【どうしようもない話】




監視の眼は高みから鋭く見下ろすイヌワシ。
己はそれにじっとりと見囚われた、体を丸めて震えるシロネズミ。


滑稽すぎて笑える。
主人に忠実な番頭を示すというシロネズミに確かに自分はお似合いだ。
くつくつと監視人に解るよう、肩を微かに震わせると、何をしている、と鋭い叫び声が後方からあがった。
いえ何も、と冷静に呟くと監視人は、早く書け、とまた鋭いしかしどこか焦りも混じった声で言う。

馬鹿にされているとでも思ったのか、ならば確かにお前は馬鹿だ。主の言う事に傀儡のごとく忠実に、ただの人間の形をしたデクノボウ。まぁ、こんな己の方が何も抗う術を持たない、ただのデクノボウなのだけれど。


アスランは監視人に気付かれないよう一息はいてペン──正確には年季の入った万年筆だが──を手に取った。
目の前には粗末なウッディ机、途中まで書き綴られた中途半端な藁半紙。顔をあげれば冷たい壁が己を見下ろし、後ろ手には一人の監視人。狭い狭い四畳ほどの青臭い部屋。

今日も沈黙だけの部屋にただペンを走らせる音が聞こえる。
ペンを握らされて早半日。東の空にあがっていた太陽はもうずっと前に西に沈んだ。飲まず食わず、立ちもせずにペンを紙に走らさせてたアスランの手は、流石に痺れて感覚が麻痺してくる。

「‥‥‥っ‥」

コトリとペンが手から落ち、アスランは左手を右手首にそえた。
様子に気付いた本日交代何人目かの監視人が、今日は終わりだ、と短く告げたのでアスランはゆるく頷く。

「今から一時間後にキラ様がいらっしゃる、それまでに食事と見浄めをすましておくように」
「‥‥わかった」

毎日聞かされる同じ言葉を繰り返され、だからアスランは毎日と同じように頷いた。

バタンと監視人が部屋を出ていき、やっとアスランは冷たい椅子から立ち上がった。冷めた食事がいつものようにドアの近くに置いてあるのを見ながら、アスランは部屋全体を見回す。部屋を灯す灯りは机の手元にある灯籠だけで、橙色と闇色が薄暗いグラデーションを作っていた。

アスランは部屋の灯りも点けぬまま、監視人が出て行ったドアとは違うドア──シャワーブースがある──に手をかけた。
毎日同じ事をしているのだから、光が無くたって充分。部屋の灯籠を点けるのがただ単に面倒くさかっただけかもしれないが。






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