05/07の日記

23:04
鬼燈について語るページを作りたかったのに…。
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 いまいちどういったコンテンツを作れば良いのか判らなかったから日記を使用する事にしました(笑)
 このサイトでは鬼燈を知らない人でも読める事を意識していますがもし知ってる人が居て共感してくださったら嬉しいので書きます
 シュウくんの鬼燈での立場は、人間でいえば頭脳、中心であり核です。主人公心くんが優柔不断なイエスマン。ぶっちゃけ居なくても良い位の薄い存在なので余計にシュウくんの存在の大きさが目立ちます。これならシュウくんが主人公でも良いのに…とも思います。なので、シュウくんが主人公パターンを考えてみると心は捨てゴマ以外使い道が無い事に気付きました。漫画のセオリーとして、力を入れて描かれているキャラはメインだと私は思い込んでいるので心のビジュアルで捨てゴマは却下だろうと言う簡単な結論から心はやはり主人公の位置が正しい(笑)と答えが出ました。 漫画の利点であり欠点、主人公の目線が読者の目線をうまく活かす為にも主人公は心くんであって良かったのだとも思います。心くんの思い込みがストーリーを進ませる絶対中心になるからです。読者自身は、自分の意思との違和感を感じてくるでしょう。子供の浅はかなソレに振り回されるからです。不幸な事に心くんはシュウくんを絶対視しており、シュウくんの意見には逆らいません。読者は首を捻りシュウくんに対し邪推の念を抱くでしょう。とにかくシュウくんは謎が多いのです。調理された鶏肉から鶏の死骸を回想させては怖がります。友達とも交わらず独りで夜中にウロウロして、大人は子供を信じない。と疑い、信念を曲げません。死んだ大人を見ても、当たり前だと冷たく吐き捨て、初めて入った森なのに独りで散策を始め、抜け道や謎の坑道の通路さえ見つけだす、そして大人の死には必ず存在をちらつかせます。
 疑ってくれと言わんばかりの存在感が返って怪しく心くんの、シュウを疑いたくない!と言う気持ちに便乗したくなるのです。
 ストーリーが佳境に入りこれから面白くなるぞ!といった頃から何故かストーリーのリズムが狂いだすのです。作者の事情か、雑誌の大人の事情かは知りませんがせっかく面白いネタの突飛なアイディアだったのが私はガッカリでしたが、かなりの好評価だった事を作者さん自身とても喜んでおいででした。ラストはちょっぴり大人になった彼等が過去を振り返り自己反省する形でしたが、彼等には未来があります。各々虐待や病気、問題を抱えた彼等には楽しいだけの未来ではないでしょう。
 残酷な傷を持ち、残酷な意思を根付かせた彼等だからこそ私はこの作品に心惹かれたのだと思います。
 作品は既に終了してしまっていますが自分勝手にキャラクターの心理や未来を描いていけたら良いなぁと思っています(笑)。

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