逃亡者

□序章
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僕が目覚めたとき、あたりはうす暗かった。
日が落ちて薄暗かったというのもあるが、昨今の街中は夜でも明るいのでそれはあまり関係ないだろう。少なくとも今回は太陽の関係はあまりないだろう。
今回の薄暗い理由、とは、建物の影によるものだといえる。
僕は路地裏で目覚めた。
何故こんな場所でねていたのかは覚えていない。現実的に考えれば、気を失っていたのだろうが。
視界も脳もぼんやりとしていて、ただでさえ薄暗いのに、これでは何も見えない。
ぼんやりとした視界に、不安感を抱いた僕は、目を手で覆い、瞬きを繰り返す。ゆっくりと閉じたりひらいたりの単調な運動を繰り返すうちに、視界ははっきりしていく。頭の方は、まだぼんやりとしたままではあるが、視界だけは晴れていく。
開けた視界の先には、死体があった。
俯せに倒れた、一人の人間。彼の身体からは、まるで赤い絨毯が敷かれたように、血が流れていた。
間違いなく致死量。背中に傷は見当たらない上、血は俯せの男の下に溜まっているから、腹か胸かが負傷しているのだろう。ぼんやりとした頭は、目の前の光景をテレビか何かの映像だと判断したのだろう。僕は、悲鳴もあげず、ただ観察していた。目の前の、本物の死体を。
実際、死体なんてフィクションの中では最近は見ることの多い代物だが、現実で見ることはまずない。まずありえない。
しかし現実を凌駕した現実は否応なく続く。
「カランっ」
真横で、そんな金属音に似た音が響き、僕は自分が右手に何かを握っていることに気づく。
ゆっくりと首を右側 に捻り、自分が何を握っているのかを確かめたところで、ぼんやりとした頭にも動揺がはしる。
「え?」
僕は−

血に濡れたナイフを

これ以上ないくらいに強く、大事に、握っていた。

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