短編

□名無し
1ページ/1ページ



名前を知らない女に、惚れていた。
何時もニコニコ可愛らしくて、でも、時々、1人で居る時に悲しげな顔をする女だった。たいていは1人で本の世界に入り浸っていて、髪を耳にふんわりとかけるしぐさが好きだったし、頬杖をついて考えごとえおしている顔も好きだった。どうしてかはわからなかったけど、本当に惚れてたんだとおもう。夏休み中は毎日図書館に行き、その顔を見た。野球の試合に来てほしい、なんて思ったが言えるはずもなくて。でも、その試合のときに彼女がいたのを見て、気恥ずかしいような嬉しいような、ホームラン飛ばしてそいつにむかって笑った。誰だか知りもしないやつに微笑みかけられたというのに愛想良く、にこりと笑いかえす彼女。でも、これで接点がもてたわけじゃないんだ。それはたまたまで、運命なんんて陳腐なもんじゃない。そう思うと悲しくて、なんか唯一自慢のポジティブ思考回路もネガティブになって。それでも、また図書館にかよって。何気なく窓の中を見ている彼女の白い頬にミミズ腫れがあって。正直、凄く気になった。あれは刃物で掠ったような、そんな傷だった。彼女の何時もよりも潤んだ、瑠璃色の瞳が日の光にあたって、綺麗で。でも、何時も異常に悲しげで、今にも消えてしまいそうな儚げな顔は、見てて気持ちのいいもんじゃない。やっぱり、笑っててほしいんだ。次の日、彼女は本の世界に入り浸っていた。おちてくる横髪をふんわりと耳にかける癖は、女らしいっていうか、なんか色気をだしていた。また次の日、彼女は泣いていた。いや、涙は流していない。けど、なんだか苦しそうで、助けてくれと悲鳴をあげているようにみえた。その姿を見ても、オレは何にもしてやれなくて、なんでこんなに無力なんだろうな、あいつを抱きしめてやりたいのに。それさえもできないなんて。その次の日は野球の試合があった。彼女はいない。それでも、ホームラン打って、頑張って勝った。見ててくれるかな、なんて淡い期待は叶わなかったが。すぐに図書館に行くと、彼女の姿はなかった。まあ、夜も遅かったし。なんて嫌な予感を無理やり捻じ曲げて家に帰った。でも、中々寝付けなくて。寝もしないで早朝から図書館へ行った。思ったようにあいてなかったかなコンビニで朝ご飯と雑誌買って暇つぶしした。で、開いた瞬間にとびこんで、彼女がいつも座っている席のまん前に陣取った。告白、しよう。なんて考えていた。断られる確実のほうが多いが、やっぱり自分の気持ちというものを伝えたいわけで。でも、断られたらいやだなーなんて矛盾もしてて。それでも一回決めた事だからやってやろう、なんて意気込んで。でも、彼女は来なかった。又次の日も、その次もその次もその次も、一週間後も来なかった。そして、その次の日に、ニュースで、山奥でばらばらしたいが発見された、と。何言ってるのかわからなかった。でも、綺麗に微笑んでいる彼女の写真は、正しく惚れていた、あの子で。双子の片割れじゃね?とかで自分を勇気付けようとしたが、ニュースから伝えられる一方的な会話でそれもありえないことだと悟った。実の親に、殺されたらしい。育児放棄、虐待。その母親、父親ともどもにして精神異常者だったらしく、いつ、こうなっても可笑しくない状態だったと言っていた。親戚もいなく、学校にも行かせてもらえない。毎日の暴力に耐え、そのあげくこんな結果だ。報われない。そしてオレはなんでさっさと思いを告げなかったのか。あの頬のミミズ腫れ、痛かっただろうに。なのにそんな思いを無視して、でも彼女を思いつづけた。愚かなのだろう。いろいろな思いがこみ上げてきて、オレは、親父がいるのにもかまわず大声で泣いた。もう、なにもかもわかんなくなった、ひたすら泣いた。

泣くだけ泣いて、オレは愛用の刀に手をかける。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ