短編

□墜ちる世界
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墜ちてもいい。そう思えた。

苦しくて、悲しくて、愛されたくて。でも、愛されなくて。きっと死ぬときまで1人なのだろう、なんて考えると人生どうでもよくなってきて。

もうなんだかわからない。いっそうのこと貴方とともに墜ちてしまおうか。

ほら、闇が私たちを呼んでいる。




墜ちる世界



幸せの最後はいつだっただろうか?
両親の離婚、父のリストラが原因であの醜い女にわたされてから、だっただろうか?

父、あの男は夢ばかり追い続けていた。その夢のためなら努力はおしまず、私たちを捨ててでも一心不乱に取り組む。
母、あの女は、それに見惚れ、結婚したのだと夢見るような綺麗な少女そのものの瞳で話していたのを覚えている。

まあ、現実とはおかしなもので。不覚にも、運命の歯車やらを狂わせたのは私だった。

たまたまおこった交通事故。学校登校中、むかってきた車はなんの迷いもないかのように私たちにつっこんでくる。
隣にいた親友をつきとばすようにしてかばった私は、もろにその車の衝撃を体に受けた。

運ばれたころにはもう遅く、血がたりない状況だった。血液を調べていなかったから知らなかったが、AB型のRhという2000人に1人の、珍しいものだったらしい。

母も、父も、医者も救いようがないという絶望的な状況。
死にたくないと願う私の心は無視してあの女はこういいきった。

「どうせもうすぐ死ぬんでしょ?だったらほっとてやってください。わたし仕事あるんで」

無機質な声の調子。見捨てられた、いいや、あの女は私のことなんて一回も愛してくれなかったじゃないか。父も、どうせ心のなかではうっとおしいなんて思ってたんだろう。愛されたいなんて願ったから、だからこんな絶望を味わなければならなくなったんだ。

それでも、死にたくない。まだ、14年しか生きてないんだよ。将来の夢もあるし、はいりたい高校だったある。なのにどうして?

私の体躯から、生命をつなぎとめておくためのチューブがぬかれる。ああ、もう終わりだ。医者が目配せをして悲しそうな表情をつくる。そんな顔するならチューブぬかないで。死んじゃうじゃん。

遠くで機械音が鳴り響く。この音はよく医療ドラマで聞く、人が死ぬ時になるやつだ。

いやだ、死にたくないよ、まだ、やりたいことがあるの。ねえ、どうして?いい子にしてたじゃない。成績だってよかったし、いつも学年トップだったよ。運動だってできたし、料理だってつくってあげたじゃん。なのに要らないの?いやだ、死にたくないよ、なんで?どうして?

「死にたくない!!!」





クフフ…なんて不思議な笑い声が聞こえた。
遠のいて、消えていくはずの意識がはっきりしてくる。
ぼんやりと目の前に現れた景色は真っ暗な闇だった。そこにてんてんと散ばる瑠璃色の蓮の花が幻想的で。あー夢でもみてるのかも、なんて思ったりした。

「こんにちは、お嬢さん」

綺麗な男の人の声音。
ゆっくりふりかえると、この暗闇に溶け込んでしまいそうな、長身の男の人がいた。

「こんにちは」

冷静にかえせるのは死んだからだろう。もう、私は世界には存在していないんだ。だとしたらここは地獄だろうな。体躯は土のなかで腐って、精神はここで壊されるのか。どうせなら、おもいっきり痛くしてほしい。まだ、私の精神は生きてるのだと、証明するために。

「クフフ、かわった人だ。ここが怖くないのですか?」
「べつに。もう、私死んでるんでしょ、なら怖がる必要はないよね」

クフフ、と独特の笑み。
会って間もない人だけど、なんだか見透かされてる気がした。

気がした、だけではなく、この人は見透かしているのだろう。だから、こんな発言をできるんだ。

「貴女は、死にたくないのでしょう?」
「……もう、死んだよ」
「クフフ、そうですねえ、でも、まだ生きているといったらどうしますか」
「死んでるよ、私は」
「いいえ、生きています。まだ貴女はしんでいない」
「…う、そだ…」
「なぜそこまで拒むのです?生きたかったんでしょう」

生きたい。そう、生きたいんだ。でも、なによりも望んだのは愛。清らかな愛に育まれたい。だから生きたかったんだ。

「もし、私が生きてたとしたら愛してもらえる?」
「ええ」
「うそ、誰に?みんな、私の死を望んでる」
「そんなことありませんよ」
「じゃあどこにいるの?私を愛してくれる人だなんて。いないでしょ?」

ぎゅ、と抱きしめられた。優しく頬に口付けられる。
その温かさは、今まで感じたこともなくて。幸せなのかもしれない。

「生きたいですか?僕と」
「…貴方は、私を愛してくれる?」
「はい、愛していますよ」

それなら、瑠璃色の蓮の花が砕け散った。

「もう一度、墜ちて」
「もう一度、昇って」
「そして、愛を」
「そして、絶望を」

墜ちるだけの私たち。
でも、貴方となら墜ちてもかまわない。

「輪廻の果てで会いましょう」

甘い声に惑わされながら、空気を体躯にまとわりつけて、墜ちていく。




貴方と墜ちよう

「そっと、浮遊感に身を任せて」
「そして今度は愛される世界へ」
「貴方とともに」


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