短編
□優しさの刃
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「あーあ、ばれちゃったかあ…」
そう、彼女は可笑しそうに目を細めて笑った。
なんで、どうして?なんて聞かないで、そうか、と呟いた声は寂しく中に消える。その声はオレ自身のものとは思えないほど低かった。
「あははっ、なに?武、怒ってんの?」
声高らかに笑う彼女。
普段、オレの知っている彼女は人見知りで、大人しくて、でも気が利いて可愛い、愛人だったはずだ。
なのに、目の前にいるのは下品に顔を歪めて笑う信じたくもない彼女自身、だった。
嗚呼、そういうことか。騙された。そう思っても実感がわかなくて、もしかしたら冗談だよ、なんてあの綺麗なソプラノボイスで囁いてくれるんじゃないか?
そんな期待には答えず、彼女はさらに顔を歪める。
「なに、しけた面してんの?ほら、さっさと死んでよね。こっちはまだまだ仕事たまって
るの」
そんな残酷な言葉簡単に吐き捨てる女じゃなかったのに。
今まで、ずっと騙してたのか?オレの誕生日に美味しいケーキ焼いてくれて、みんなで笑いながらパーティしてくれて、夜眠れないって言って一緒に寝てたじゃねえか。
あれも、全部演技なのか?
「ほら、はやく死んでよ」
にっこり、さっきと違って上品な笑み。
こんなの、お前じゃないだろ?そういう声は空気に混ざっていく。
愛してたのはオレだけか?
彼女はふふ、とまた笑ってそっと、オレの頬を撫ぜる。
大好きなはずのその仕草が、今は嫌だ。それはきっと、オレの知ってる彼女じゃないからで。大好きな、愛しい彼女じゃないからだ。
「愛してた?武はあたしのこと愛してたの?」
そんな問いかけに、声を出す勇気もなければ力もない。
「そっかあ、武はあたしのことアイシテタ、んだね」
また、毒々しい笑み。
そんな中毒かのような微笑みをさらに欲しているのは、オレがその中毒者だったからだろう。
「残念、私は」
ああ、聞きたくない。
耳を塞ごうにも、腕がない。ああ、なぜ?
「愛してる」
聞き間違い、じゃないはずだ。
それを確かめる前にオレは意識を失った。
武、きっと君は優しいからね。
ごめんね?本当は、殺したくなんてないんだよ。ごめんね、許して?
そんな声が聞こえた。