Novel


□夕日の境界線
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うっすらと汗ばむような陽気の初夏。辺りには淡い色を散らす花々よりも、新緑の鮮やかさの方が目立っていた。
時折、吹いてくる風が、心地よく肌を撫でる。降りてくる陽射しは、どこまでも柔らかい。
静かで穏やかな午後だった。



政務はあらかた片付いていた。息抜きをしようと思い、適当にふらふらと歩き回りながら人気の無い場所を見つけると、そこに腰を落ち着けた。
身体的にだけでなく、精神的にも休息を求める時に陽子が好む場所は、だいたい、そういう所だ。王宮の奥にある、もう長いこと人が足を踏み入れていないような場所。
無造作に配置された大小の岩。立ち並ぶ木々が木陰を作る。下草は、もちろん手入れなどされていないから、長さも疎らで好き放題に伸びていた。
こぢんまりと誂えられた池の中には、小さな魚がのんびりと気ままに泳いでいる。

景麒は五日ほど前から瑛州に降りている。もうそろそろ戻ってくる頃だった。
そうやって景麒が主を王宮に残して出て行けるほどには、この国は安定を見せていた。昔のように始終つきっきりで、何かを教えてもらわなければいけないようなことはない。
それを少し寂しいと思うようになったのは、いつの頃からだったか、もう忘れた。
ただ、そう感じる自分を内心で苦笑せずにはいられなかったし、そういった類の感情を周囲が歓迎しないであろうことは、目に見えて明らかだった。
仕方がないことなのだと思う。簡単に、願うような関係ではいられない。この国の王と台輔である限り、それは無視することのできない鎖だった。

慰めるような風が吹き抜ける。さわさわと草の揺れる微かな音が、耳に快い。陽子は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
――緑の匂いがする。
短くはない時間、そこでぼんやりとしていた。
背後で小さく草の踏む気配がしたので振り返ると、そこには陽子の半身が立っていた。



瑛州から帰還した景麒は、内殿を訪ねようとして、やめた。そこに王気がなかったからだ。
軽く溜め息をつきながら王気を探る。気配の強い方へと足を進めていけば、思ったとおりの場所に主はいた。
膝を抱え草原に腰を下ろしている後ろ姿は、王というよりも少女のそれでしかない。ほどかれた赤い髪の毛が、風に舞って遊んでいる。
景麒はしばらく、どこか悲しげにも映るその背中を見つめてから、そっと主に近づいた。
こちらを振り向いて景麒の姿を認めた陽子は、薄く微笑む。そうして迎えの言葉を口にした。
――おかえり。
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