Novel


□歓びのあとさき
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胸の中に、何かが蟠る。もう、自分が何を言いたいのか、この麒麟にいったい何を聞きたいのか、分からなくなっていた。だが、言葉を継ぐことを止められない。
「束縛……されているよね、麒麟って。生まれた時から王を選ぶ運命にあって、選んだら選んだで一生、王に仕えて、王の命令は絶対で。そうやって尽くしても結局、死ぬ時は王のせいだ。」
墓もない、という言葉は飲み込んだ。
景麒は黙って耳を傾けている。視線が少しだけ痛かったが、陽子は構わず続けた。
「窮屈だと思わないのか?そういう、理不尽なしがらみから、解放されたいとは思わない?もっと、自分の望むように生きたいと、そうは思わないの」
ほとんど惓し立てるような状態だった。ひたすら喋り続ける陽子を黙って見つめていた景麒は、わずかに目を伏せると、今までより一層に静かな声で答えた。
「――王と共にあることが、麒麟にとって等しく望むべく生き方です。それ以上に望むものはありません。何も」

王と共にあること。それこそが本望なのだと、目の前の麒麟は言う。それは確かに、間違いではないのかもしれない。だが、陽子には受け入れられない。
「……それ……それは、違う……」
意味もなく否定の言葉を呟く陽子はしかし、それ以上、何も言えなかった。突然、何だか自分が、ものすごく残酷な問いかけをしたのではないかという、罪悪感にも似た気持ちが込み上げてきた。けれども陽子には、どうしても景麒の言い分を認めることができない。
――それは違う。
陽子は心の中でもう一度呟いた。
違う。だってそれは、本当の望みではないはずだ。それは、麒麟という生き物がそうあるべくように、天が無理矢理に与えた望みだ。王の傍にいたいと願うのは、麒麟という枠組みの中で不自然に押し付けられた望みでしかない。
そうじゃない。そうではないのだ。陽子が知りたいのは、景麒その人自身の、真実に望むものだったのに。

陽子は、ひどく脱力した。
「……いいや、もう。なんか、ごめん、変なこと言って。忘れてくれ……」
そう言って軽く手を振る。
もう御璽が必要な書類はなかった。
どこか釈然としないまま、景麒は退出の意を述べて去って行った。その背中を見送ると、陽子は深い息をひとつ吐いて立ち上がる。書棚の方へと足を向けた。別に何か読みたいものがあったわけではない。

並べられた書物の背を、指でつとなぞる。そこには書の題名が記されていた。ふいに、その文字が歪む。
泣くなんて、莫迦げている。
そうは思っても、止められなかった。
先までの景麒とのやり取りで感じていた、違和感。それは他でもない、自分と景麒との間にある隔たりだった。
自分は、蓬莱を出自とする胎果であるということ。そして彼は、まぎれもなく麒麟であり、こちらの人であるということ。それを、どうしようもないくらいに思い知らされた。
価値観が、違いすぎる。

あちらで生まれ育った陽子にとって、天意だ何だと言われたところで、そんなものをすんなりと受け入れられるはずがなかった。むしろ、かつて行った泰麒捜索の一件を通して、天に疑問すら覚えた程だ。
けれど景麒は違う。なぜなら彼は、天に最も近くある存在だから。
そもそもが、根本から違うのだ。
その事実は、陽子を否応なく悲しませた。なぜ、と思う。なぜ半身と言われながらも、彼を遠くに感じてしまうのだろう。こんなにも近くにあって、こんなにも遠い。
陽子は唇を噛み締める。声を殺して、ひっそりと涙を流し続けた。
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