Novel


□花を撫でる
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ある時、厩舍を覗いてみたいんだけど、と言い出したことがあった。場所がよく分からないから案内してくれと、景麒は頼まれたのだ。
正直なところ陽子が厩舍を見たいと言った時、少しばかり訝しんだ。出奔癖のある彼女のことだ。気に入りの騎獣を見つけて、放浪の共にでもするのかと思った。
かと言って、まさかそんな懸念だけの理由で主の望みを却下するわけにもいかない。彼はどこか浮かない気分を隠しながら、陽子を厩舍へと連れて行ったのだった。

つながれた数頭の騎獣に、彼女はそれぞれ覗き込むようにして目をやる。そのうちの一頭に足を止めた。躊躇うことなく腕を伸ばし、柔らかな毛並みを撫でる。
最初は陽子に関心も示さずされるがままだったその騎獣は、いつしか気持ち良さげに喉を鳴らしていた。鼻先を陽子の手に擦り寄せてくる。そうしてそれは、彼女の頬にも寄せられた。
少しだけ驚いた表情を見せた陽子は、すぐに嬉しそうに微笑んだ。そしてその笑顔を、横で黙って様子を見守っていた景麒に向けたのだった。
その笑みが思いがけず幼ないものであったので、彼は内心で動揺した。

先程、陽子に懸念を抱いた自分の後ろめたさもあったのかもしれない。だがそれ以上に、あまりにも無防備に己を見上げてくる主の笑顔に、景麒はどう反応したら良いのか分からなかった。
そんな景麒をよそに、陽子は再び騎獣の方へと顔を戻した。飽きることなく、何度も何度も優しく毛並みを撫でてやる。
微笑を刻み込むその横顔を、彼はずっと見つめ続けていた。



木々にも花々にも、小鳥の囀りにも、獣にも、どれにも分け隔てなく慈しみを与える陽子の横顔を、景麒は愛していた。
口唇をわずかに上げて微笑むその顔を眺めるのが、何よりも好きだった。



彼は愛でる。
慈しむ心を絶やさぬ彼女の横顔を。










※※※

獣と無邪気にたわむれる陽子が書きたかったのです。

20100530
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