Novel


□揚羽蝶が壊れる時
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小鳥が一羽、死んだ。
木立の中から羽音と共に飛び出してきたその鳥は、大きな玻璃の窓に向かって、真っ直ぐにぶつかっていった。
一点の曇りもなく向こう側を透かす窓が、そこで区切られる壁だとは、小鳥は思いもしなかったのだろう。先があるのだと信じて疑わず、迷いもなく羽を動かしていた。
速度を緩めずに飛行していた鳥は、鈍い音を響かせ、地面にその身を落とした。

わずかに首をひしゃげ力無く朽ちる小さな生き物を、陽子は茫然と見下ろした。
その場にしゃがみ込んだ。まだあたたかく温もるそれを、そっと掌に掬い上げると、陽子は小鳥が現れた木立へ向かう。
密集した木々が並ぶその下の、柔らかく湿った土を掘り返し、手の中の温もりを冷たい地面の底に埋めてやった。

黙って小鳥を埋葬する主を、景麒は傍らで同じように黙って見つめていた。















わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください
わたしは羽撃き
こやみなく
空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音















†††



一月ほど前に小規模な内乱があった。
酷い混乱を来すものではなかったものの、主がその争乱の中へ自ら赴くことに、当然ながら景麒は良い顔をしなかった。
だが、陽子の気性はよく知っている。自国で起こっている戦を他人に任せ、自分だけが王宮に閉じこもって待っているなど、できるような人ではない。
彼女はいつだってそうだ。景麒が偽王軍に捕われた時にしろ、そして多くの仲間を得ることになった拓峰での乱にしろ、陽子はいつも、そのさなかに身を置いた。

すまないな、とだけ告げて、陽子は桓堆たちと宮城をあとにした。共に向かうことも引き止めることも叶わず、ただ彼女の無事を祈ることしかできない。
やるせない思いで見送った主の横顔が、まるで何かを押し殺しているかのように硬く、景麒は刺すような痛みを覚えた。



乱そのものは規模が小さかったため、鎮圧にさほどの時間をかけずに済んだ。
だが帰還した主の無事を、景麒は単純に喜ぶことなどできなかった。
実際、陽子の身には怨詛を含む血の臭いが、絶えず纏わりついている。返り血を浴びたその身体からは、確かに陽子自身の血の臭いもしていた。
彼女も、傷を負っているはずだった。
その傷を、景麒は癒してやれない。それどころか容易に近づくこともままならない。すべて承知している陽子は、やつれた顔で、薄く微笑みながら言うのだった。
「しばらく、離れていたほうがいい」



乱は平定したが、雑多な処理に追われて、多少は忙しい日々が続いた。
それも落ち着き、少しずつ王宮内に日常が戻り始めた頃には、陽子の身体からも厭わしい臭いは消え去っていた。
にもかかわらず、陽子の表情は、未だにどこか硬さを残していた。
表向きは、普段と何ら変わらず過ごしている。それでも時折、あの日、戦場へと向かう時に見せた、何かを押し殺したような横顔に出会うことがあった。

気に留めさえしなければ、忘れてしまえるほどの些細なものだった。そこに危うさはない。見ないふりをすれば済むことだ。
しかしながらそれは、景麒の中に消し去ることのできない薄い染み痕を作る。
それでも何も言うことができなかったのは、結局、彼女の心の内に踏み込む勇気がなかっただけなのかもしれない。



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