Novel


□小噺
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景麒にまた溜め息をつかれたとか、大抵はそういった小言が多い。それでも彼女の、景麒が……と語る時の表情は、いつもどこかが幸福そうであった。
だから晶嘉は単純に、思った通りのことを述べたのだった。
「主上は、本当に台輔のことがお好きでいらっしゃるんですね」

え、と翠の瞳が驚きに見開かれる。
意外な反応に晶嘉は少しだけ動揺した。
「あの、申し訳ありません、わたし、何か失礼なことを……?」
恐る恐る聞いてみると、彼女はゆっくりと首を横に振って否定した。
「違うんだ、そうじゃない。何ていうか、その、そういうふうに誰かにはっきりと言われたことってなかったから……」
口篭るように言って、小さく微笑む。

ああ、そうか……。
この国では、女王と台輔が親しすぎるのは、あまり喜ばれないのだった。
晶嘉自身は、幼い頃にはもう既にこの主が玉座に就いていたから、前の王朝のことなどほとんど知らないに等しい。小説で見るぐらいの知識しかない。
だから何も、おかしいことはなかった。けれども今、隣にいる人にとってはきっと抵抗に値するものなのだろう。
可哀想だと、思った。



いつだったか、この気丈に振る舞う女王が、泣いているのを見かけたことがあった。いや、実際は分からない。ただ、その時は泣いているように見えたのだ。
そしてその隣には、優しげに彼女をあやす台輔の姿があった。

そうなんだ、と晶嘉は思った。そういうことなんだ、と。別に不思議ではない。彼らは常に、共にあるべき存在なのだから。
なのに、この国はそんな当たり前のことですら、未だに強い不信の中にある。
もういいじゃないか、と思う。もっと二人を、自由にしてあげて欲しい。
心の中で呟いたきり、晶嘉は何も言えなくなってしまった。





王宮に上がってから一年弱が経った頃、晶嘉のもとに故郷から知らせが届いた。
母の訃報だった。
家を出ると決めた時から、こうした類のことに関する覚悟はしていた。自分は、母の死に目にはあえないだろうと。
ただ、あまりにも早すぎた。
不意打ちのことで悲しんだりする余裕もなく、とにかく急いで数日の暇をもらい故郷へと降りて行った。

実感のないまま母を見送った。
さして広くもない家の中は、ずいぶん閑散としている。弟妹たちは始終、晶嘉にしがみついて離れようとしない。
――どうするのだ、これから。
晶嘉は自問した。
どうするのだ、こんなに早く逝ってしまって。どうするのだ、こんなに小さな弟や妹を残して。どうするのだ。
わたしは、どうすればいいのだ。

訃報を耳にしてから初めて晶嘉は泣いた。
一年前に家を出た時、母に対する当てつけのような気持ちも実はあった。自分がいなくなって、母が少しでも寂しがってくれればいいと思ったのだ。
ここに戻ってきて、お母さんはあんたのことをずっと心配していたんだよ、と口々に言われた。思い通りになったのに、今はただ後悔しか生まれてこない。





王宮に戻ってから、晶嘉は奚をやめ故郷に降りることを決めた。弟も妹も、まだ小さすぎる。たとえ里家に預けるのだとしても、晶嘉がいてやらなければ駄目だ。母への償いの気持ちもあった。
それを、主上にも伝えた。幸いなことに彼女は晶嘉のことを気にかけてくれていて、最後にまた会話をすることができた。
「寂しくなるな……」
本当に寂しそうに、彼女は言った。
今までのこと、すべてのことに晶嘉は心から感謝をする。そして王宮を去った。





いつしか月日は流れて、弟妹たちも成長し手がかからなくなった。晶嘉は結婚して夫を持ち、子も授かった。
幸せだった。そう感じる時、晶嘉は必ず、あの赤い髪の若い女王の姿を思い出す。
彼女は今どうしているだろうか。幸せだろうか。彼女の泣く場所は、あるだろうか。台輔は、その背を撫でているだろうか。

あれからずいぶんと時が経った。
二人が、どうか幸せであればいいと、今でも晶嘉は心から願うのだった。










※※※

どうということのない小噺でした。
今回、景台輔には完全に脇に引っ込んでてもらいました。
奚とはいえ仮にも王宮に勤めるような人間をそんな簡単に決めていいのか、という意見は無しの方向で…。
晶嘉は、ショウカです。念のため。

20100627
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