Novel


□すべて不完全なるもの
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景麒はしばらく陽子の背を撫でていた。震える背中の温もりを、何度も確かめた。
やがてその手は、泣き止むことができないでいる陽子の顔に触れる。
前髪を掻き分け、そして涙の滲む眦へ、景麒は静かに口づけを落とした。

輪郭をなぞりながら、大きく深い両の掌で陽子の小さな顔を包み込み、上向かせる。涙を湛える翠の瞳が美しかった。
引き寄せられるようにして屈み込む。
少し温度の低い景麒の唇が、額の上に降りて瞼をかすめ濡れた頬を滑り、それからごく自然に陽子の唇へとたどり着く。まるで互いのそれが重なり合うのを、ずっと待ちわびていたかのようだった。



欠けているものを補足し埋め合わせるように、幾度も幾度も二人は唇を重ねる。
啄むような柔らかい口づけを繰り返し、もうそのまま何も考えたくはなかった。
吐息が混じり合い、熱が溶け合う。
景麒も陽子も、ひとつでは完全になれなくて、どうしようもなく半身だった。

長く重ね合わされた唇が名残惜し気に離れると、陽子は小さく鳴咽をもらした。
胸の奥が満たされていく歓びと何かを裏切るような罪悪感が、同時に襲ってくる。
そして歓びよりも罪悪感の方が、微かに勝っていることを陽子は理解していた。
だけど、戻ることなどできない。

景麒の腕が身体に回される。その優しく潔い温もりを、堪らなく愛おしいと感じてしまうのが、悲しかった。





不完全だったふたつの心が、求め合うことを知ってしまった。だからもう、この手を離すことは絶対にできない。
それだけは、景麒も陽子も、十分すぎるくらいに確信していた。










※※※

タイトルは、映画『ピアノ・レッスン』のサントラに収められている楽曲(マイケル・ナイマン)の中のひとつから。
いつか絶対に使おうと、ひそかに心に決めていたタイトルです。

20100704
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