Novel


□モニュメント
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ならば、と景麒は口を開いた。
「その言葉を、そのまま主上にも、お返し致します」
そう言って彼は袖口から何かを取り出すと、近くの卓子の上にそっと置いた。

――髪留めだった。
陽子は目を見開く。
「これ……」
どうして、と茫然としたように呟く。
「主上は今わたしに、過去を忘れなくてもいいとおっしやった。ならば、わたしも同じことを申し上げさせて頂きます」
はっと、陽子が景麒を見上げた。
「あなたが、無理に過去を切り捨てようとなさる必要はありません」
きっぱりと言い放つ。
陽子は戸惑いを含んだ瞳で、ひたすら目の前の半身を見つめていた。
「あなたは、いつもそうだ。他人に対してはひどく寛容であるのに、ご自身に対してはそれを決して許そうとしない……」
何故です、と景麒は聞く。

落ち着いたその声音は、しかし陽子を束縛するのに十分な響きを滲ませていた。
「――弱いから……」
ぽつりと蚊の鳴くような微かな声で、喉の奥からやっとそれだけを絞り出した。
まっすぐに向けられてくる紫眸を受け止め切れず、陽子は深く俯いてしまう。
「わたしは、弱いんだよ、とても……。すぐに自分を甘やかしてしまうから。だから、そういう自分を許したくない……」
いつまでも未練がましく、その髪留めを持ち続ける自分が、陽子は嫌だった。
「それが、これを棄てる理由ですか」
「そうだよ……」

短い沈黙が流れる。
自分は弱いのだと、苦しげに告白する少女を、景麒は無言のまま見ていた。
「――弱いのが、悪いことだとは、わたしは思いません」
静かに言葉を落とすと、陽子の肩がわずかに震えたのが分かった。
「自分の弱さを認めることができるのなら、それで十分なのではありませんか」
再び陽子の視線と交わった。

お前は、と彼女の唇が動く。
「どうして、そんなに優しいの」
今にも泣き出しそうな顔で言った。
それは違う、と景麒は心の中で唱える。
「誰よりも優しいのは、あなたです」
陽子は小さく瞬くと、やはりその顔を伏せてしまった。
「ずるいよ、お前は……」
ずるい、と口の中で繰り返した。



「これは、あなたの過去です」
卓子の上に置かれた髪留めに触れながら、景麒は続ける。
「あなたが本当にこれを必要としなくなったなら、その時は、あなた自身の手で、これをお棄てになってください」
そう告げて退出しようとする彼を見つめて、景麒、と陽子は呼び止めた。
「――もし、わたしがこれを棄てる時、お前は傍にいてくれる?」
広い背中に問いかける。
「わたしがこれを手放す時、その時は、お前も隣で一緒に見ていてくれる?」
ゆっくりと振り返った景麒は、目を閉じて頷く。そうして音もなく去って行った。





――これは、棄てる。
たぶん、そう遠くはない、いつの日か。

陽子にとって本当に必要なのは、こんな髪留めなどではないから。










※※※

タイトルは、なかなか決まらなくて適当に目についた言葉を使いました。
一応、辞書を引いてみたところ
【「心に残るもの」が原義】
とされているようです。
そういえば、カタカナのタイトルって、はじめてだな…と思いました。

20100719
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