Novel


□密やかな結晶
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蓬山に行きたいと思った。

何の前触れもない。老いた木の葉が枝から切り離され地面に散り落ちるように、ごく自然に降ってきた考えだった。
それは、陽子の半身である人の生まれた地に対する純粋な興味だったのかもしれないし、彼のことをもっとよく知りたいという願いだったのかもしれない。
景麒が自分の幼少時代の話をするなど、まずありえなかったし、陽子もまた敢えて訊こうとしたことがなかった。
そもそも、お互いがお互いについて語り合うなどということは、した試しがない。それを不満に感じることもなかった。
ただ時折、言葉のない闇の中で、二人は身体を寄せて縺れながら互いの秘密を探ってすべてを知ろうとするかのように、しきりに抱き合うことがあった。
だけど、それはいつもうまくいかなくて、伸ばした手が何にも触れられず、ただ空を切るのにも似た虚しさが残るのだった。



肌を重ねるようになって何度目の夜を迎えるのか、そんなのはもう分かるはずもなく、重要なことでもなかった。
降り積もる静寂の中で二人はただ、半身である存在とひとつになることを求め、絡み合って混ざり合い、溶けていく。
必要なのは、それだけだった。
例えば、朝目覚めて言いようのない罪悪感に襲われようと。例えば、正体の見えない何者かの視線から逃れるように景麒が陽子の牀榻を後にし、そこでひとりきり残された寂しさに膝を抱えようと。
唯一、愛しいと思える人の腕に抱かれる歓びを手放す気になど、なれなかった。

彼はいつも陽子をとても大切に愛した。
誰かに、そんなふうに丁寧に自分の身体を扱ってもらうことには慣れていなくて、だから戸惑ってしまうのに。けれど、彼の仕草のひとつひとつに、陽子は涙が出るほど満たされていくのだった。
景麒の指や唇や舌が、陽子をあますことなく知り尽くそうとするから、意識はどうしようもなく敏感になっていくあちこちの器官に集中するので精一杯になる。
彼が触れるこの身体は艶を帯び、潤い、溢れ出し、ゆるやかに押し開かれていく。
呼吸は浅く、鼓動は早かった。
身体の中心に灯される熱を逃がそうとして、震える吐息が間断なく零れた。
景麒が揺さぶりをかけてくる度に陽子は乱されて、細く弱く啼いた。
どこかが麻痺してくるような恍惚とした思考に呑み込まれ、それでも、どうにかして言葉を紡ごうと陽子は口を開く。
自分の下で陽子が何かを言おうとしていることに気づいた景麒は、覆い重なる身をさらに屈めて彼女の口元へ耳を寄せた。

――蓬山に、連れて行って。
荒くなった息で、絞り出すようにして途切れがちに陽子はそう囁く。
思いがけないことを乞うてくる陽子の言葉に、景麒はしばらく動きを止め、その顔をつくづくと見つめた。
それから静かに目を伏せると、彼は何も答えずに陽子の唇を塞いだのだった。
深く、奥底を欲するように、角度を変え何度も何度も唇は重ねられる。
飽くことなく繰り返される口づけの中で、陽子が何か縋れるものを求めてさ迷わせた腕は、景麒の掌中に捕えられた。
そのまま華奢な両の手首を、彼はいともたやすく束ね上げてしまうと、柔らかく、けれども、決して解放を許さぬ力強さで敷布の上に押さえ付けた。
いつしか唇が離れて、それは首筋を辿り、とどまった場所をきつく吸われた。
微かな痛みすら伴うその煬かれるような感覚に、知らず陽子は息を詰める。



ゆるく密な動きを絶えず続け、穏やかな波は少しずつその波紋を広げていった。
漣から高波へと様相を変えていく、そのさなかで溺れそうになりながら、陽子は自由のきかぬ身を、可能な限り捩った。
景麒はひたすら、優しく慈しむように少女の身体を愛しては限界へと追い込んだ。
堅く目をつむり何かを怺えるように噛み締めた彼女の唇に、空いている方の手を滑らせ、指をかけてその口を開けさせれば、湿った息と、か細い声が切なく漏れる。
それは景麒の鼓膜を甘く痺れさせた。

臥牀が、重たく軋む――。
組み伏せられ一心に与えられるものを受けて、陽子は術もなくただ喘いだ。
そうして最後には強く目方をかけられて、もう耐えられずに、しなやかな身体は大きく弧を描いて弓なりに曲がった。
どうしても抑え切れなかった声が喉をつき、夜のしじまを裂いて震わせた。



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