Novel


□密やかな結晶
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整った互いの気息に耳を澄ますように、二人は向かい合って横たわっていた。
陽子は目の前にある景麒の素肌に、そっと指先を添わせる。それから心臓が脈打つ、あたたかなその場所へ、擦り付けるくらいに顔を寄せて彼の香りを吸い込んだ。
確かに生きているのだと分かる温もりが愛しくて、同時に悲しくて堪らない。
景麒の過ごした場所を見てみたい、と陽子はくぐもった声で呟いた。
やはり返答はなく、彼はただ陽子の肌を撫ぜるばかりだった。
それで良かった。あたたかい身体に顔を埋めて、陽子は重くなった瞼を閉じる。
深い眠りの底へ沈んでいった。

静かに寝息をたて始めた陽子の赤い髪の中へ、景麒は指を差し入れて梳いてやる。
起こしてしまわぬように小さな身体をしっかりと抱き寄せて、そして彼女の耳元で密やかに答えを落とした。
――あなたの仰せのままに。










陽子の望み通り、景麒は彼女を、そして使令を引き連れて蓬山へと飛び立った。
公的には二人は、視察のために数日ほど堯天へ降りた、ということになっている。彼らの本当の行き先を知っているのは、ごく近しいものだけに限られた。
あまり長いこと、王と台輔の両者ともに王宮を離れることはできない。
必ず数日で戻るからと言い置いて、二人は宮城を後にしたのだった。
陽子はこれまでに幾度か蓬山を訪れたことがある。一度目は玉座に就くべく天勅を受けに、それ以降は泰麒捜索のために。
そうして今、明確な目的も何もなく、二人は蓬山に向かっていた。使令の足を借りて一昼夜、風を切って飛び続けた。



辿り着いた場所で出迎えてくれたのは、やはりいつかと同じ玄君その人だった。
優美なる容姿も、あの時のまま。
「めずらしい来客だこと」
二人の姿を認めて言うと、彼女――玉葉は目を細めておっとりと微笑んだ。
「主上が、蓬山を訪ねたいと」
「そのようじゃな」
相変わらずすべてを心得ているかのような玉葉の物言いに、陽子は何となく居心地の悪さを覚え、そっと視線を逸らした。
「いつぞやにお会いして以来かの」
言われて陽子は瞬く。
「その節は、大変お世話に……」
俯いて口ごもりながら答えると、玉葉は、なんの、と軽やかに笑った。
次いで彼女は景麒と陽子を見比べて、ほんの少し意外そうな顔をした。そして、すぐに得心したような微笑に変わる。
だが顔を伏せていた陽子は、そんな玉葉の様子などには気づきもしなかった。
「お疲れであろう。少し休まれるといい。好きなだけ滞在してくれて構わぬ」



玉葉と景麒が何事か会話を交わすのを、陽子は客観的な気分で眺めていた。
蓬山に行きたいとは言ったものの、それでどうするのかなど何も考えていない。
ここは、言うなれば麒麟のために存在する場所だ。ならば、この地において自分は完全に外の人間であるのだということに、陽子は今さらながら思い至った。
まして陽子は胎果だ。天の在り方に対して、少なからず違和感さえも抱いている。
純粋な麒麟である景麒と、彼が生まれた蓬山の主である玉葉と。その中にあって、陽子は限りなく異質なものだった。
なぜ自分は、ここへ来たいと思ったりしたのだろう。我ながら呆れるような疑問を胸に、ぼんやりと促されるまま歩いた。

景麒と陽子、二人にそれぞれ宮が宛がわれた。好きなように自由に使っていいと玉葉は告げて、そのまま立ち去った。
人払いがされているのだろうか、女仙たちの姿はほとんどない。簡単に身の回りを世話してくれる者が数人いるだけだ。
その彼女たちもお茶と軽食を用意した後は、ごゆっくりなさってくださいね、と言い残して出て行ったきりだった。
気を利かせてくれたのかもしれない。
景麒が、どこか行きたい場所があるならご案内しますが、と誘ってくれた。少し考えて、陽子はゆるく首を横に振った。
「今日は、いいや。疲れたから休みたい。明日、案内してくれたら嬉しい」
笑んで言うと、景麒も少しだけ微笑を浮かべながら、かしこまりました、と了承を伝えて自分の宮へと戻って行く。
その背中を陽子はじっと見つめていた。



食欲もあまりなかったので、女仙が用意してくれた軽食を適当につまみ、陽子は少し休むつもりで臥牀に横になった。
綺麗に整えられた広くて柔らかい布団に身を沈めると、途端に睡魔が襲ってきた。
明日、景麒が案内してくれると言った。
どこに連れて行ってくれるのだろうか。彼はやはり、この場所を知り尽くしているのだろうか。彼は、ここでどんな時間を過ごしたのだろう。幸せだったろうか。
まだ眠るには早すぎる。もう少し起きていたかったが、瞼を開けているのがつらかった。抗えずに、陽子は目を閉じた。




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