Novel


□ハートブレイカー
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その日、隣国の王と台輔は例によって先触れもなしに金波宮を訪れてきた。
毎度のことで門番ともすっかり顔馴染みになっているため、勝手知ったる何とやらの勢いで乗り込んでくるのだ。
よう、と暢気な声を上げて正寝にやって来た少年は、延麒六太その人である。
後ろには延王尚隆が立っていた。
二人を見やり思わず、またですか、という喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
「……唐突なお越し、痛み入ります」
苦笑して儀礼的に述べたのは景王陽子。
「あまり痛み入ってなさそうな顔だな」
にやついた表情で尚隆がそう返す。
分かっているなら来ないでください――と陽子は内心で訴えた。

どうやら六太は相も変わらず蓬莱に物見遊山、もとい視察に出向いたらしく、ご丁寧に土産まで持参してくる始末。
通貨はどうしてるんだ、とかいう野暮なことは、もう訊かないことにした。
土産の包みを開くと、中はほとんど菓子の類だった。なるほど、二人はこれらを食べるまで帰らないというわけだ。
陽子は、いよいようんざりしてきた。
ひとまず茶の用意を頼み、すぐに祥瓊と鈴が盆を抱えてやって来る。
めずらしい菓子が気になったのか、友人らは尚隆の誘いも手伝って結局、この場に居座っているのだった。
果たして延主従がたいそう苦手である景麒は、挨拶もそこそこに早いとこずらかろうとしたが哀れ、敵わなかった。
六太にがっしりと袖を掴まれる。
「待て、こら。せっかくいろいろ持ってきたんだから、お前も食え」
「……はあ」
呼び止められた彼は、いつになく情感のこもった顔つきで、自分よりはるかに背の低い同朋を見下ろしながら答えた。
すごく、かなり、だいぶ欝陶しそうに。



なんだかんだの大所帯で、さながら茶会のごとき賑わいになっている。
「こんなにたくさんのお菓子、わたしがいた頃はなかったわ……」
感嘆とも呆れともつかないふうに鈴が言うので、陽子はただ曖昧に頷いた。
景麒に目をやれば、無理矢理といった感じで六太に菓子を手渡されている。
「そんな変なもんでもないって。麒麟でも食えるから、試してみろ」
大概、強制的に六太が勧める。
景麒はしぶしぶ、それを受け取る。
眉間に皺を寄せて口に放り込む半身を観察しながら、あとで味の感想を訊いてやろう、とか考えたりする陽子であった。

そういえば、と六太が菓子を頬張りながら思い出したように声を上げる。
「この間、楽俊のとこに遊びに行ったんだけど、あいつ可愛い子連れてたぞ」
聞き捨てならない言葉に、陽子は危うく湯呑みを取り落としそうになった。
「……え?」
たっぷり疑いを持って問い返す。
「なんだ、楽俊にも女ができたのか」
陽子の動揺などお構いなしに、さも愉快そうに尚隆が言い放った。
「なんか誤魔化そうとしてたけど、たぶんそうだろうなあ」
「そうか、良かったじゃないか」
言って尚隆は笑う。隣国の主従の会話を遠くに聞きつつ、陽子は心ここに在らず。
――楽俊に女の子。俄かには信じがたい、というより信じたくない事実である。
楽俊が?あの楽俊が?だって楽俊だよ?いやいや楽俊だよ?いやいやいや。
ひとり頭の中で問答を繰り返しているうち、気づけば尚隆も六太も帰っていた。





「……そんな話、聞いてない」
客が帰り静かになった堂内。ふてくされた顔で不満げにぼそりと陽子が呟いた。
その声に祥瓊が振り返る。
「楽俊のこと?だって別に、わざわざ報告するようなことでもないじゃない」
すっかり飲んで食べて散らかした卓子の後片付けをしながら、彼女は言った。
そうだけど、と陽子はぶつぶつ答えるが、やはり納得いかないらしい。
「楽俊にいい人がいたって、おかしくないでしょ。何を拗ねてるのよ」
拗ねてない、と陽子は思うが抗議はしなかった。祥瓊に口で勝てる気がしない。
「ところで、それ。どうするの。飲むなら、ちゃっちゃと飲んじゃってよね」
ぐずぐずと手の中で弄んでる、わずかに茶が残った湯呑みを指差して友人は言う。
陽子は一瞬だけ中身を見つめたが、溜息をついてそれを彼女に手渡した。
二人の様子を見ながら、片付けの手伝いをしている鈴はくすくすと笑っていた。
「いつまでもむくれてないで、早く今日の仕事終わらせちゃったら?」
黒髪の少女は笑い含みに告げる。
そうして片付けを済ませた祥瓊と鈴は、早々に堂室を出て行った。


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